人工知能(AI)の処理を高速に実行できる専用半導体、いわゆるAIチップの開発が盛んである。とりわけ、画像や音声の認識が得意な深層学習(ディープラーニング)技術を対象にした取り組みが多い。その中で異彩を放つ成果を、東芝と米Johns Hopkins Universityが共同で発表した(図1)。

図1 東芝と米Johns Hopkins Universityが共同開発した回路の外観
(画像:東芝)
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 東芝らの開発品の狙いは深層学習ではない。同社が着目したのは人や動物の脳が持つ別の機能である。海馬と呼ばれる部位が担当する、空間の中で自分の位置を認識する能力だ。現在の自動運転車やロボットでは、いわゆるSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)技術で実現している部分である。SLAMの代わりに、海馬の動作を忠実に再現するハードウエアを使うことで、何桁も低い消費電力で同様な動作を実行可能になるとみる。

 東芝の取り組みのユニークな点は、脳の機能自体の模倣を目指すことである。実物の神経細胞(ニューロン)に似た挙動をする半導体、いわゆるニューロモルフィック(neuromorphic)チップを使うことに加え、ニューロン間の接続や信号の制御なども脳のモデルに倣った。これまでにもニューロモルフィックチップの開発や応用の研究は多いが、主な狙いはニューロンの動作を真似ることで消費電力を大幅に削減するといった点だった。有名な例として米IBMが開発したニューロモルフィックチップ「TrueNorth」が知られているが、現実の脳とは異なる動作原理に基づくディープニューラルネットワーク(DNN)注1)を、数百mWと超低電力で実行できることをうたっている。

注1)深層学習で用いるDNNと現実の脳の端的な違いには、脳のニューロンがスパイク状のパルスで情報を伝達するのに対し、DNNは実数などの数値でやり取りすることがある。実際の神経細胞の挙動をモデル化したニューラルネットワークは、Spiking Neural Network(SNN)などと呼ばれる。東芝らが今回利用したチップやTrueNorthはいずれもIntegrate-and-Fireと呼ばれる単純なニューロンのモデルに基づいている。なお、東芝らが利用したチップ上のニューロンの回路は、より複雑なMihalas-Niebur(M-N)モデルとしても動作する(ただしニューロン数は半減)。その上で、今回開発した海馬のモデルを動作させることも可能だが、どのようなニューロンのモデルを使うべきかについて現時点でははっきりしていないという。

 東芝は脳の機能までハードウエアで再現することで、さらに桁違いの低電力化や、高速化が可能と見る。ただし、どの程度の能力を発揮できるかは現状でははっきりしない。現在は海馬の空間認知能力を支える基本的な回路を構成し、動作を確認した段階である。同社は今後数年をかけて、チップの改良を進めるとともに、海馬が備える空間認知機能の回路全体を再現することを目指す注2)。実用化の検討はさらにその先になる見込みだ。

注2)最終的には1チップ化が望ましいものの、現時点では1チップ化と複数チップでの実装の両方を検討している。

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