持続可能な社会と経済の発展に向け、自然の力を賢く利用する「グリーンインフラ」。国内で数年前からその概念が浸透し始め、最近では自然が発揮する減災効果などを定量的に評価しようとする取り組みが盛んだ。生態系の機能を取り入れて設計したインフラの実現を目指す動きに迫った。

1. 評価手法の確立
新インフラ「樹木」の減災力を探究

 神奈川県横須賀市の港湾空港技術研究所の大規模波動地盤総合水路で、2018年に世界初の実験が行われた(写真1)。実物のマングローブに人工的な波を与えて、高波・高潮、津波に対する減衰効果を調べた。

写真1■ 水路にマングローブを設置して、様々な波浪を作用させた。沖縄県の西表島にある琉球大学の研究施設内に植林しているマングローブを環境省や林野庁、同大学の許可を得て採取し、1週間かけて持ってきた。搬送が夏場だったので、葉が全て落ちている(写真:日経コンストラクション)
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 生態系の中でも、マングローブに期待を寄せるのには訳がある。一般的に柱状の構造物には、波を受けると背後に渦が生じてエネルギーが消失する減衰効果がある。

 「根が複数あるマングローブは渦が生じやすく、ある意味、波が消えやすい形状だ」。港湾空港技研の海洋研究領域耐波研究グループの鈴木高二朗グループ長はこう説明する。

 波の力には速さの2乗に比例する抗力と、加速度に比例する慣性力とがある。この2つの力にそれぞれ抗力係数と慣性係数を乗じて、マングローブに作用する波の力を算出する。実物大のマングローブを使って、2つの係数を調べるのが大規模実験の目的の1つだ。これまでに、1本の柱をマングローブと見立てた実験はあったが、マングローブの複雑な形状が持つ減災効果を適切に評価できていなかった。

 実験では、波や流れに対するマングローブの動的応答も調査した。硬い柱であれば波力をまともに受けやすい。一方、生きたマングローブはしなやかで、変形して波力を受け流す可能性があるためだ。

3D模型水理実験も世界初

 この実験は、港湾空港技研や京都大学、NEC、国立環境研究所、東北学院大学、茨城大学などが実施する「グリーンインフラを用いた気候変動に伴う沿岸災害の減災評価手法の開発」のテーマの一部だ(図1)。アジア太平洋地域のある場所での実装を見据えている。

図1■ グリーンインフラの実装に向けトータルパッケージで研究
「グリーンインフラを用いた気候変動に伴う沿岸災害の減災評価手法の開発」の枠組み(資料:京都大学防災研究所)
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 同開発では他にも、京大防災研とNECが中心で将来の台風をモデリングし、大気・高潮・波浪のハザードを組み合わせた統合モデルを開発しようとしている。スーパーコンピューターの「地球シミュレータ」を使って、現状の解析速度を10~20倍に向上させる狙いだ。

 この数値モデル内で、マングローブの波浪低減効果を解析するのだ。そのためには、マングローブが持つ減衰力(抗力や慣性力)をモデリングする必要がある。17年にはマングローブの7分の1スケールで3D模型を作って、世界初の水理実験を実施(写真2)。周期や波高、水深など色々と条件を変えて、マングローブの係数を算出した。

写真2■ 実物のマングローブをスキャンして、3Dプリンターで成形した模型(写真:日経コンストラクション)
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水理模型実験の様子(写真:京都大学防災研究所)
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 ただし実物と大きさが違う模型実験と実現象とでは、係数が異なる可能性がある。そこで、冒頭で紹介したような実物のマングローブによる水理実験を実施した。この結果を用いて、模型実験の結果を調整する。

過密でも減災効果得られず

 シミュレーションで、マングローブの波浪低減効果が定量化できても、社会実装するにはまだ知見が足りない。シミュレーション上では、マングローブを密に配置すれば減衰力が高まる。一方、現実にはマングローブの生育に適正な間隔がある。好きに配置できるわけではない。

 そのため、東北学院大学と国立環境研究所は共同で、マングローブの生育する環境下において、樹齢や立ち木密度、胸高直径などを調査。最適な植樹間隔を検証していく。

 コンクリート構造物などのグレーインフラが、完成時に最大の機能を発揮するのに対して、グリーンインフラは特性上、成長とともに機能が上がる。グリーンインフラの設計では、成長プロセスの把握も重要だ。今後はモデル地域を選び、その場所での将来のハザードを推定し、マングローブ林とグレーインフラを組み合わせた適応策を提案していく。

 「気候変動下でのグリーンインフラの定量的評価は、普遍性を求められる。一方で、社会実装する際にはその地域での個別対応が必要になる」。研究開発グループでリーダーを務める京大防災研究所の森信人教授は、技術の難しさをこう説明する。

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