「明日の客数が分かればなあ」。サービス業や小売店、メーカーの望みをかなえるAIが活躍しつつある。先進企業はタクシーの客数やビールの売れ行きなどを予測し、成果を出し始めた。

[東京無線協同組合]
30分後の乗客数を予測 新人運転手でも稼げる

 「AIの予測を頼りに客を探したら、先輩並みに売り上げた日もありました」。都内で「東京無線」タクシーの運転手を務める永瀬匠氏は胸を張る。

 永瀬氏は2017年9月入社の新人だ。タクシー運転手は1回の乗務が休憩を含めて20時間前後になるのが一般的。「1日の売り上げ」というと20時間で売り上げた金額を指すことが多い。永瀬氏はAI導入前、1日平均5万円ほど売り上げていた。それが2018年3月下旬にAIを導入してから「10~15パーセント上がった」(永瀬氏が勤める日本自動車交通の社長で、東京無線協同組合の村澤儀雄副理事長)。AIの導入によって1日5000円以上の売り上げ増を達成したことになる。

 「以前はお客さんがなかなか見つからない日があった」。こう語る永瀬氏は岡山県出身。都内には土地勘のない地域が多い。前職は地理とは無関係の食品関連の仕事をしていた。先輩ドライバーから休憩時間に聞いた話などを頼りに客を探すが、これまでは当てずっぽうのような感覚が拭えなかった。AIを使い、先輩ドライバーとの差が一気に縮まった。

 日本自動車交通は東京無線協同組合に加盟する55社のうちの1社。同組合加盟社のタクシーは東京無線タクシーの名称で知られる。同組合はAIを活用して顧客数を予測するNTTドコモのサービスを約1年前に試行し、効果を検証してきた。「客探しのノウハウが少ない新人の売り上げが1日平均3100円増えた」(村澤副理事長)などの成果が得られ、本格導入を決めた。2018年2月から順次導入し、5月末までに同組合傘下のタクシー全車両3700台のうち1350台に搭載する。

500メートル四方で表示

 村澤副理事長はAI導入により「新たな需要を掘り起こしたい」と意気込む。競合と客を奪い合うのではなく、「タクシーに乗りたかったけどなかなか来ないから歩こう」と乗車を諦めていた顧客の前にさっと参上する。「タクシーを3分間探して見つからなかったら客はほかの手段で移動すると言われる。その機会損失を減らしたい」(同)。

 検証期間中は「実車率」が約3ポイント改善する成果も出た。実車率とはタクシーの全走行距離に対して、客を乗せて走行した距離の割合を指す。「都内の実車率は平均44パーセントほど。1ポイント上げるのも簡単ではない」(村澤社長)。結果としてドライバー全体で見ても1日の平均売上高が1人当たり1400円増えた。

 予測にはNTTドコモの需要予測サービス「AIタクシー」を使う。タクシーが走る近辺のエリアについて、500メートル四方ごとに30分後の客の数を予測して車内のタブレットに表示する。さらに500メートル四方の中で特に需要の多い100メートル四方のエリアを点線で示す。タクシーの進行方向も提示する。同じ道路でも上りと下りで需要が異なる場合があるためだ。

 客数を予測するためにAIタクシーは様々なデータを駆使する。最も重要なのがエリア内の人の数だ。携帯電話の基地局を活用してスマートフォンの位置情報を取得し、人数と人の位置や動きをつかむ。情報は個人を特定できない形で活用する。過去のタクシーの運行実績データも加味して、乗車が多い位置や時間帯などの客数を読む。

 これだけではない。例えば雨の日はタクシーに乗る人が増える。このため天気予報などの気象情報も取り入れる。電車の運行情報も参考にする。電車が遅れるとタクシー乗り場に長蛇の列ができるなど需要が一気に変わるからだ。人がたくさんいるからといって乗車需要が多いとは限らない。例えばコンサート会場や野球場の周りでも演奏中や試合中は需要があまりない。

 一方で演奏や試合が終わると一気に人が外に流れ出てくる。そのためイベントの開催情報なども参考にしている。これらの情報を基に学習モデルを作り、30分後の客数を10分ごとに予測・更新する。「タクシーの需要は10分ずれるだけで変わる。ついさっきまでお客さんがたくさんいたのに、少し経つと全くいないといった状況はよくある」(永瀬氏)。

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図 人口統計などからタクシーの乗車需要を予測する仕組み
1350台の車両に導入、「穴場」も分かる(画面提供:NTTドコモ)
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[福岡ソフトバンクホークス]
価格を上下、客を呼ぶ 売れ残りも売り切れも防ぐ

 プロ野球の福岡ソフトバンクホークスは2018年6月から主催試合のプレミアム席100席のチケットをAIの需要予測に基づいて販売する。同球団は2017年7月から同様の価格変動方式のチケットを販売しており、当時は58席を対象にしていた。2018年は倍近くに広げる。チケット単価が平均で29パーセント上がったという成果を得られたからだ。

 単価の上昇は観客からすれば値上げとも取られかねないが、実際は球団にも観客にも嬉しい結果をもたらすことが昨年の導入結果から見えてきた。

 人気が高い試合はチケットを高値で売る。例えば2017年9月24日開催の楽天ゴールデンイーグルス戦の販売価格は8月3日時点で9000円。基準価格の1.5倍とした。こうすることで「高くてもいいから確実に良い席で試合を見たい」というファンがチケットを入手しやすくなる。

 反対に人気がない試合は基準価格より安く売り出す。「席の位置や対戦相手にこだわりはない。生の試合を1度見たい」といった客を呼び込みやすくする。「新規顧客の獲得にもつながる」(電子チケットシステムを共同開発したヤフーの稲葉健二プロダクト推進部長)。球団からすれば開催日にチケットが売れ残っている状況は避けたい。といって販売開始早々にチケットが売り切れる状況も望ましくない。チケットを購入できない期間が長くなると顧客の満足度を下げるだけでなく、チケットが転売サイトなどに出回り、不当に高く売られる可能性があるからだ。

 「価格をアクセルやブレーキのようにして需要をコントロールできる」。ヤフーの稲葉部長はこう話す。2017年の販売実績を見ると、7月後半や8月以降の試合は狙い通りに開催日かその前日に売り切れたケースがほとんど。「売れ残りも早期の売り切れも防げた」(稲葉部長)。

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