政府がトップダウンで研究開発の方針を決める傾向が強まる一方、「目利き」の役割を担う内閣府が機能不全を起こしている。文科省や経産省の助成制度も問題が山積する。

 10万量子ビットからなる、量子効果を使った新たな計算機を構築し、創薬や渋滞解消に生かす――。

 ハイリスク・ハイインパクトの研究を内閣府が支援する5カ年計画の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」で、量子情報科学のプロジェクトを率いる山本喜久プログラム・マネージャー(PM)はこのような目標を掲げる。

図 開発した試作機「LASOLV」
2018年に10万量子ビットを目指す(写真提供:NTT(左))
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 2014年に始まった山本PMのプロジェクトの予算は30億円。2018年3月開催の有識者会議で、実用機の開発に向け数億円の追加予算が承認された。

 開発しているのは、光の量子効果を使って組み合わせ最適化問題を解く計算機「量子ニューラルネットワーク(QNN)」だ。NTTや国立情報学研究所(NII)などと共同で開発している。

 同プロジェクトは2000量子ビットを備えた試作機の開発に成功。2017年10月には研究者などが無償で使えるようクラウドで開放し、2018年3月までに100万件以上のアクセスを集めるなど、一定の成果を上げている。

 一方、計算性能でスパコンを凌駕する汎用量子コンピュータの実現を最終目標とする量子情報科学の研究者からは「出口(実用化)にこだわりすぎ、本来必要な基礎研究がおろそかになっている」と弊害を指摘する声が上がる。ImPACTのどこに問題があったのか。

ブームに流され方針が変わる

 かつて日本は量子コンピュータの開発で世界に存在感を示していた。1999年にNEC基礎研究所の中村泰信氏が、量子ゲートの基本素子となる超電導素子の作成に成功。量子コンピュータは一躍ブームとなり、NTT、東芝、三菱電機など多くの国内企業が研究に参加した。文科省も科学技術振興機構(JST)などを通じて資金面で研究を支援した。

 だが量子コンピュータのブームが下火になった2004年頃から、量子情報科学で大型の予算がつく研究プロジェクトの組成が途絶えてしまった。

 この穴を埋める役割を果たしたのが、2010年に始まった内閣府の「最先端研究開発支援プログラム(FIRST)」と、その後継として2014年に始まったImPACTである。文科省や経産省などの研究開発予算の一部を内閣府に集約し、閣僚と有識者からなる総合科学技術会議(後の総合科学技術・イノベーション会議)がトップダウンで資金の使い道を決める。山本氏はFIRSTおよびImPACTで量子情報処理プロジェクトのトップを務めた。

 FIRSTは基礎研究を重視する傾向があったが、後継のImPACTは出口(実用化)志向に大きく舵を切った。この結果、「汎用量子コンピュータにつながる量子ゲート型の研究開発など、基礎研究に資金が回らなくなった」と複数の若手研究者が証言する。未だ基礎研究の段階にある量子情報科学について、政府の経済政策と歩調を合わせて急速に出口志向を強めた結果、本来必要な基礎研究への投資がおろそかになった格好だ。

図 国内における量子コンピュータ関連の研究開発プロジェクトの動向
「ブーム」後追いで研究投資
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基礎研究に出口求める矛盾

 その間、米グーグルや米IBMなどによる量子ゲート型の基礎研究の成果が2015年以降に相次ぎ発表され、欧米で量子コンピュータの研究ブームが再来した。これを受けて文科省は、内閣府のプロジェクトとは別に、2015年頃からようやく量子情報科学の基礎研究に予算をつけ始めた。

 現在は文科省系のプロジェクトを率いる東京大学 先端科学技術研究センターの中村泰信教授は「研究のフェーズによっては出口を求めても構わない。ただ、明らかに基礎研究の段階にある量子情報科学で出口志向ばかり求められるのはよくない」と語る。

 NIIの佐藤副所長は、科学技術政策の目利きとしての能力が内閣府に乏しいと指摘する。「ImPACTや戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)を手掛ける内閣府のスタッフは、各省庁の出向者から構成され、必ずしも科学技術政策に詳しくない。2年ほどで元の職場に戻るため長期ビジョンも描きにくく、出口を過度に重視する傾向がある」(佐藤副所長)。

 内閣府は2018年度、新たな研究支援プログラムとして「官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)」を創設する。総合科学技術・イノベーション会議が定めるターゲット領域を中心に、文科省や経産省など各省庁が手掛ける研究助成に追加の予算を配分する。IT分野ではAIや量子コンピュータに予算がつく見込みだ。

 PRISMについて「素人の内閣府が自ら研究助成制度を運営するよりはよい」と評価する声がある一方、「これまで各省庁が基礎研究の観点で進めていた助成制度にも、出口志向が求められるのでは」と危惧する声もある。

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