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 「テレワーク制度をどのように全社導入すればいいのかという企業からの問い合わせが、毎月100件ほど寄せられている」。普及推進団体である日本テレワーク協会の今泉千明主席研究員はこう明かす。前年と比べて2割近く増えているという。

 テレワーク制度自体は以前から多くの企業で導入されてきた。だが、ほとんどは育児や介護を抱える社員などに向けた特別な制度で、対象となる社員数は少なく規模も限定的だった。

 しかし今、企業が導入しようとしているのは、生産性向上を狙った全社規模のテレワーク制度だ。多くの企業にとって未知の取り組みである。

 そんななか、オフィスワークの生産性向上を目的にテレワーク制度を先行導入し、着実に運用している大手企業が登場している。対象となる社員は数千から数万人に上る。先行事例を取材すると導入を成功させる3つの秘訣も見えてきた。「ハードルを下げる」「迷わせない」「円滑なコミュニケーション」である。

【ハードルを下げる】
ポップで堂々宣言 申請は手軽に

 最初の秘訣は「ハードルを下げる」ことだ。オフィスワーカーのほとんどはテレワーク未経験者であり、「仕事は会社でする」という固定観念が強い。「興味はあっても、オフィスを不在にしていると、同僚や上司にさぼっていると思われてしまう懸念から、テレワークに踏み切れない社員は多い」と今泉氏は指摘する。

 損害保険ジャパン日本興亜は2015年から約2万6000人の全社員を対象にテレワーク制度を導入している。運用する過程でハードルを下げる工夫を凝らしながら制度を定着させた。

「本日テレワーク中」ポップで周知

 「本日テレワーク」と書かれたピンク色のマグネットが、机の目立つ位置に掲げてある。損保ジャパン日本興亜のオフィスの風景だ。同社は2017年12月に働き方改革施策の一環として社員の状況を示すマグネットを全社員に配布した。テレワークする日の前日、社員は小売店で見かけるポップのようにこのマグネットを自席に掲げて帰る。「オフィスにはいないが、自宅などでちゃんと働いている」と周囲にさりげなくアピールできるようにした。

 テレワークの事前申請手続きも簡素にした。テレワークをしたい社員は、所定のExcelシートに、実施日や取り組む仕事内容となる「業務プラン」を入力して上司に提出。了解を得る手続きを踏む。

 ここでの工夫は書き込む業務プランを簡潔にしたこと。例えば「社内マニュアル作成」といったシンプルな表現で構わない。実施後の報告も「データ分析は完了、報告資料は未完了」など短くてよい。「事細かに書くように強いると、テレワークが敬遠されてしまう」。損保ジャパン日本興亜の鳥越崇史人事部企画グループ特命課長はこう指摘する。

 申請理由は不問にし、「月4回まで」といったテレワークの利用上限も撤廃した。「集中して仕事をしたい人がいつでも使える制度になり、今は3000人ほどが利用している」(鳥越氏)。

図 損害保険ジャパン日本興亜が用意した社内アピール用グッズとテレワークの申請書
テレワーク中はポップで周知、申請も簡単に(資料、写真提供:損害保険ジャパン日本興亜)
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 2010年から約3500人の全社員を対象にテレワーク制度を導入した製薬大手MSDも、申請のハードルを下げる工夫により制度を定着させた。

 具体的には会議や打ち合わせに利用するOutlookの出席依頼機能を使い、テレワークを宣言する。社員は会議内容などを入力する画面から、テレワークの実施予定日や連絡先などの情報を入力。会議の出席依頼先を、所属する部署メンバーに設定して通知する。すると社員のテレワークの予定が部署メンバーの予定表に自動的に反映され、テレワークの状況を共有できる。

 「オフィスで執務するメンバーはテレワークをしているから不在なんだと予定表ですぐに分かる。連絡先も併せて予定表に書かれているため、連絡もすぐとれる」とMSDの萩原麻文美 人事グループマネージャーは話す。

図 MSDのチーム内で実施しているテレワーク申請手順
予定表を活用、気軽に申請(画面提供:MSD)
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テレワークしやすい仕事を案内

 テレワークのハードルを下げるポイントはまだある。例えばどんな仕事がテレワークに向くのかを前もって社員に示しておく。「テレワークの利用シーンを社員がイメージできないと普及はままならない」と、JFEエンジニアリングの松川裕二専務執行役員は語る。

 JFEエンジニアリングは2017年4月に育児や介護が必要な社員向けにテレワーク制度を導入。2018年4月からはフレックス勤務ができる社員約3000人に制度を拡大、テレワークの対象社員は全社員の8割となった。

 社内で広く利用してもらうことを狙い、JFEエンジニアリングは制度導入前に10数人の社員にテレワークを試行してもらった。どういった業務が適しているのかを探るためだ。「社員が1人でPCを使って作業できて、さらに成果を上司が確認しやすい仕事がテレワークに向くと分かった」(松川専務執行役員)。

 営業や製品設計などの部署ごとに「企画書や見積書の作成」といったテレワークに向く仕事を例示した。製造現場の責任者や営業担当者など、職種ごとにテレワークに向く仕事の比率も示し、社員が見当をつけやすくした。

 書類作成などテレワークに向く仕事はあるものの、エンジニアリング会社の特性上、現場を監督する必要もあり、テレワークに踏み切れない社員もいる。そんな課題に直面しやすい責任者などに向けて解決策を示した格好だ。「責任者の代役を務められる人材を増やしてバックアップ体制を確立すれば、テレワークができると伝えている」と人事部ダイバーシティ推進室でテレワークを推進してきた芥川和弘氏は説明する。

図 JFEエンジニアリングが社員に示す「テレワークに向く仕事の考え方」に関する資料
テレワークに向く業務を提示
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