製造し、流通に乗せ、店舗で売る。こうした商売の「常識」にとらわれたままでは、各工程で発生する在庫コストや廃棄ロスなどを減らすことはできない。「コスト改革分析シート」を使い、新たなビジネスモデルを発想する方法を学ぼう。

 「西部課長、地域の小規模酒造が生き残るためのアイデアってありませんか?地元の酒造会社の経営が行き詰まっているんですが、良い打開案がなくて…」

 システム企画室の岸井雄介は、自席でIT雑誌を読んでいる経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「あれ、地酒の販売拡大策は成功していなかったか?地酒や限定醸造のビールを地元の古民家民泊施設や東京の古民家レストランに出荷したり、ネット販売したりしてうまくいってたよな?」

 「…それは北近畿酒造など地域の大手酒造会社の話です。資本力がある酒造会社はうまくいっていますが、小規模酒造は首都圏への販路拡大やネット販売に手が回らないんですよ」

 「なるほど。今まで通り地域の居酒屋や個人向けに出荷しようにも、人口減でじり貧になりそうだしな」

 「まさにそれです。北近畿地域の日本酒消費量は、人口減のため右肩下がりです。さらに小規模酒造は家族経営が多く、後継者問題で廃業が増える懸念があります。地元の酒で唯一、全国的に知名度が高い『大渓谷』を醸造する郭公(かっこう)醸造も、経営は厳しいままです」

 「大渓谷か。火入れ(高温殺菌処理)した『通常酒』のほかに、搾った日本酒に火入れや濾過(ろか)をせずそのまま瓶詰めする『無濾過生原酒』があって、特に生酒の方は通が好む銘柄だ。廃業はもったいない。通常酒をやめて、生酒だけに絞れば首都圏でもかなりいけると思うぞ」

 「皆そう言うんです。確かに無濾過生原酒の評判は良く、隠れた人気銘柄です。しかし火入れしないため、出荷や配送、販売の各流通過程で冷蔵する必要があり、コスト増になること、通常種より廃棄ロスが大きいことがあり、生酒に絞るのは現実的に無理と思います」

 「それは常識にとらわれた考え方だな。販売の手法が進化した現在なら、無理ではないと思うぞ」

 「課長もそう言いますか…。雨宮次長からも同じことを言われました」

 「新規ビジネス企画部の雨宮次長か?」

 「そうです。次長に小規模酒造の販売拡大策を説明したら、『商売の常識にとらわれている』って不機嫌なんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFinTech子会社F社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、多くの仕事を成功させた貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画部と共に、地元の小規模酒造の首都圏向け販売拡大策を検討している。

 関西の地方銀行であるA銀行の商圏は江戸時代から酒造りが盛んで、北近畿地域で良く飲まれていた。だが若者の日本酒離れが進み、需要は減りつつある。

 そこで数年前にA銀行が中心になり、北近畿の中堅以上の酒造会社と共同で販売拡大策を実施した。限定醸造の地酒や地ビールなどの新商品を開発し、首都圏に展開する古民家レストランやネットを通じて販売し、業績拡大に貢献していた。

 ただし、こうした販路拡大ができたのは体力のある大手と中堅酒造会社であり、小規模酒造会社は有効な拡大策を見いだせない状況だ。

 このまま地域の需要減が進めば、小規模酒造は早晩廃業せざるを得ない。このことからA銀行の頭取は、永続的なビジネスを前提とした拡大策の検討を行内に指示した。

 この検討を担当しているのが、新規ビジネス企画部の雨宮次長と、これまで大手酒造会社のビジネス拡大策を担当してきた岸井である。岸井は全国の酒造の販路やコスト構造などを調査し、雨宮次長に説明した。


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