日経コンピュータは次号で通巻1000号を迎える。それを記念し「Computerと聞いてひらめく言葉」をSNSで募集した。職業選択の理由として挙がった言葉を今回紹介する。

 2019年8月4日、「Facebook」に以下の要旨を投稿した。「日経コンピュータは10月に1000号を迎える。1000号と999号の対話術記事は対話を通して作る」「Computerと聞いてひらめく言葉を投稿してほしい。期待や成果、弊害、体験、何でも。それらから記事を作る」。

 投稿を見ると「ITの仕事に就いた理由」と「ITの本質」に分かれた。今回は前者を、次回は後者を紹介する。

「電子計算機の仕事をやりたい」

 投稿頂いた言葉とそれに関する筆者の感想や意見を続けて記載していく。

人生の大半

 「中学生の時、野村証券ビルの外壁を鳶(とび)の人が壊し、UNIVAC-120を搬入している写真を見て、電子計算機の仕事をやりたいと思った」

 1955年のこの写真は有名なのでご存じの方が多いだろう。UNIVAC-120やイリノイ大学で開発されたILLIAC-Ⅰは共に真空管を使っていた。

ILLIAC-Ⅰ

 「1960年代に父と渡米した際、イリノイ大学が乗り越えた幾多の難問に加え、Teaching Machineまで研究していたことを知り、少年だった私は夢を膨らませた。研究所、IT企業、外郭団体に至る仕事や博士論文までComputerと無縁だった時はない」

 当時の電子計算機は気軽に使えなかったがマイコンの登場後は自分で触った結果、ITの道を選ぶ人が出てくる。

Z80

 「高校生の時に夢中になった8ビットのCPUでハードウエアを完全に掌握しながらプログラミングできた。16ビッド以降はハードウエアがブラックボックスになり楽しくなくなった」

 マシンそのものではなく本を読んで職業を決めた人もいる。

アルビン・トフラーの『第三の波』

 「大学卒業間際、AppleIIに夢中だった私はこの本を読んでこの業界に入ることを決めた。情報革命によって脱産業社会(情報化社会)になり世界のあり方や人間と世界の関係が変わる、という内容。40年近くたった今でも我々はこの予言から一歩も踏み出せていない。第三の波は全ての企業がソフトウエア企業になるまで続くだろう」

石原藤夫の『コンピュータが死んだ日』

 「私がソフトウエア企業に入社するきっかけになった本。インターネットやウイルスが一般的ではなかった頃に今の世界を予言していたように思える」

横山光輝の『バビル2世』

 「アメリカ宇宙局にある計算機の百億倍の働きをする、という説明とは裏腹に、アウトプットが紙で出てきたことを覚えている。漫画やアニメーションにおける扱いは時代と共に変化している」

 子供の頃の体験はよく覚えているものである。

昭和42年、小学校6年生の学芸会

 「先生が書いた脚本で劇をした際、私はえんま大王役でこやつの罪をComputerにかけよ!と命令した。ベニヤ板で作った機械の小さな穴からせん孔テープが出てきた。それを見て私は、こやつは針の山の刑じゃ。連れていけ!と判決を下す。これほどすごいことができるのかと信じ込み、進学先を決めた」

 この方は初めて動かしたとき落胆した。「自分で処理方法を設計しプログラムを書かなければ何もしてくれないし、間違った設計をすると間違った結果を冷たく返す」だけだったからだ。

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