約20年前にいち早くデジタル化の試練に直面し、業態転換によって危機を乗り越えた。AI(人工知能)の進化を見据え、デジタル技術を武器に事業構造の再転換を狙う。ビッグデータの時代こそ、経営者はスモールデータを基に決断する力が必要になると説く。

(聞き手=編集長 大和田 尚孝)

古森 重隆(こもり・しげたか)氏
1939年生まれ。東京大学経済学部卒、1963年に富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)入社。2000年社長、2006年CEO(現職)。2012年から会長を兼務。富士ゼロックスの不適切会計問題を受け、2017年から富士ゼロックス会長も兼務する。NHKの経営委員会の委員長を歴任。(写真:村田 和聡)
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写真フィルムの会社から業態転換を果たせた理由はどこにありますか。

 2000年がカラーフィルムの世界需要のピークでした。当時、当社の売上高の約6割、利益の3分の2がカラーフィルムなどの写真感光材料分野だったんです。コアビジネスの市場が数年でほぼ消滅する変化に直面しました。

 そこで考えたのは、市場がどのくらい縮小するのかを正確に予測すること。それから技術の洗い出しです。1年半ほどかけ、技術と市場の2軸に基づき事業拡大の方向性を見極める手法を使って、何ができるのかを徹底的に考えました。結果として、印刷やメディカル、デジタルカメラなどのイメージング、高機能材料などの成長分野に経営資源を集中する決断を下したわけです。

大胆な決断の裏には技術の見極めがあったと。

 ええ。あとは経営者としての運もあったと思います。というのも子会社の富士ゼロックスは当時、当社と米ゼロックスの折半出資でした。折半出資はどちらの会社でもないという最もやりにくい状況で、1995年に私が役員になって初めての取締役会で見直しを提案したほどです。

 そう思っていたら、私が(2000年に)社長になってすぐに米ゼロックスから「富士ゼロックスの25%分の株式を買い取ってくれないか」と提案があったんです。米ゼロックスが経営問題を抱えいたことが背景にありました。反対する理由はなく、25%分を買い増して富士ゼロックスを我々の子会社にしました。これは大きかったですね。

 液晶向けの材料ビジネスが形になり始めたことも見逃せません。液晶の市場拡大と共に、ものすごい勢いで事業が伸び、カラーフィルムの需要減をかなり補いました。

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