設計者が自らオーナーとなり、賃貸集合住宅の企画から設計、建設、運営までを手掛ける。設計者ならではの視点から賃貸事業と建築プランを練ることで、地域に開かれた持続可能な集合住宅の在り方を提示している。

 東京・江戸川区の賃貸集合住宅「西葛西APARTMENTS-2」は、昼が近づくと地域の人たちでにぎわい始める。お目当ては1階に入るベーカリーだ。2018年夏、この建物が完成したのと同時に、地元の人気店がここに移転してきた。

 「カフェやレストランではなく、ベーカリーに入ってもらいたいと、初めから考えていた」。そう話すのは、駒田建築設計事務所(東京都江戸川区)共同代表の駒田由香氏だ。同社は、この建物の設計者であるのと同時にオーナーでもある。ここにオフィスを置く一方、賃貸事業の企画・運営も手掛けている。事業のカギを握る要素として着目したのがベーカリーだった。自ら地域の人気店に飛び込みで“営業”をかけ、入居を交渉した。

 その成果を、同じく共同代表の駒田剛司氏は次のように話す。「毎日の生活に密着したベーカリーがあると街の雰囲気が変わる。地域のポテンシャルが上がり、賃貸物件の価値を高める効果も期待できる」

住宅地には集まる場がない

 立地は、最寄り駅から徒歩10分ほどの住宅地。西隣には、同事務所の設計で2000年に完成した賃貸集合住宅「西葛西APARTMENTS」が立つ。今回の事業では、2棟の間にウッドデッキのテラスを設けて地域に開放した〔写真13〕。

〔写真1〕住宅地に開いた集合住宅
北側の正面全景。掃き出しサッシが並ぶ開放的な外観の建物が、2018年夏に完成した「西葛西APARTMENTS-2」。地域に開放したテラスを挟んだ右の建物は00年完成の「西葛西APARTMENTS」(写真:安川 千秋)
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〔写真2〕地域店を集めたイベントも
2018年9月に開いたイベントの様子。地域の店が集まり、ハンバーガーやジャムなどを提供した(写真:駒田建築設計事務所)
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〔写真3〕テラス席で飲食する人も
地域に開放しているテラスは、住所にちなんで「7丁目プレイス」と名付けた。幅5mあまり、奥行きは約18m。右手に入るベーカリーのテラス席も置かれており、ここで食事をとる人も多い(写真:安川 千秋)
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 西葛西APARTMENTS-2は、壁式鉄筋コンクリート(RC)造の4階建てで、延べ面積は550m2弱。1階のベーカリーのほか、2階に同社のオフィスとコワーキングスペース、3階と4階に計6戸の賃貸住戸が入る複合建築だ〔写真48〕。各部屋へは、テラスと一体的に開放されている外部廊下でアプローチする〔写真9〕。外構なども含めた総工費は約2億2500万円。施工床面積ベースの坪単価は、税抜きで約100万円だという。

〔写真4〕地域の人気店をテナントに呼ぶ
駒田氏が声をかけて、テナントとして1階に入ったベーカリー「ゴンノ ベーカリー マーケット」。近隣から移転してきたのを機にテーブル席を設けて、パンの販売だけでなく、イタリア料理も提供するようになった(写真:安川 千秋)
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〔写真5〕間仕切り壁はコンクリートブロック
3階と4階は賃貸住戸。壁を大きく切り抜いた門形の壁式RC造で、内部は3.0m×3.2mのグリッドが連なる。コンクリートブロックは間仕切りで耐力壁ではなく、将来の間取り変更も容易。写真は3階住戸で、テーブル代わりのキッチンがある玄関部分(写真:安川 千秋)
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〔写真6〕水まわりも間取り変更しやすく
浴室やトイレ、収納などは、造作によるインフィルとし、間取り変更にも対応しやすくした。写真右手、サッシまわりを縁取る内装材は、ケイ酸カルシウム板を塗装したもの(写真:安川 千秋)
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〔写真7〕適度に見え隠れする空間
2階は駒田建築設計事務所と、地域の人に向けたコワーキングスペースが同居する。門形に開いた3.0m×3.2mの、適度に見え隠れする空間が連なる。各空間の内寸は四畳半ほどの広さ(写真:安川 千秋)
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〔写真8〕住宅地にコワーキングスペース
江戸川区が東京の東端にあることから「Far East of Tokyo」と名付けたコワーキングスペース。利用料は月額8000円(税別)。賃貸住戸の入居者は半額。これから本格的に利用者を募集する(写真:安川 千秋)
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〔写真9〕オートロックは設けず
賃貸住戸のアプローチとなる外部廊下は、各住戸のバルコニーも兼ねる。オートロックはなく、階段を介してテラスと一体で開放しており、イベント開催時などはここまで人が上がってくることもある(写真:安川 千秋)
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 住宅が立ち並ぶエリアで、あえて複合建築とした理由――。「子どもから高齢者まで、地域の人たちが気軽に立ち寄れるような、開かれた場にしたかった。駅から少し離れた住宅エリアには、そういう場所があまりない」と駒田剛司氏は説明する。

 しかし、駅前や幹線道路沿いとは違って、住宅エリアで経営が成り立つ店舗は限られる。地元で人気のベーカリーに着目したのは、日常的なにぎわいと、賃貸事業の安定を両立できると考えたからだ。

門形壁式RC造が突破口

 通常の設計は、発注者の事業計画を満たすように進めていく。それに対して今回は、事業計画と設計内容のキャッチボールを繰り返し、双方を練り直しながら最終形をまとめた。

 その成果の1つが構造計画だ。この建物は、3.0m×3.2mスパンの壁式RC造を4層に積み上げている。しかも壁の部分を大きくくり抜いた門形の壁式RC造なので、各階とも建物内部は壁のないスケルトン空間だ。

 そのメリットは、上下階に異なる用途を積み重ねても、同じ構造形式で対応できる点にある。壁の開口部をコンクリートブロックや造作家具などで仕切れば、用途に応じた広さや形の空間をつくれる。プランを変更しやすいので、時代のニーズに応じた変化に対応できる。

 この建物のような中規模建築では、ラーメン構造のRC造よりも建設費を抑えらえるメリットもあった。「使い勝手や空間性、建設費などを同時に解けるこの構造形式にたどり着いたことで、柔軟で持続可能な賃貸事業の在り方が見えてきた」と、駒田剛司氏は手応えを口にする。

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