着工直前の白紙撤回で幻に終わったザハ・ハディド案の新国立競技場。その実現は、大空間構造の技術が進んだ平成30年間の集大成だった。世界最長アーチへの挑戦が挫折した背景には、技術への過信があった。

 2015年7月17日、新国立競技場の旧整備計画の白紙撤回が発表された。「(白紙撤回を知ったのは)自宅がある名古屋に戻る新幹線の中。新国立競技場の技術アドバイザーから、安倍首相が白紙撤回と言っているが本当なのか、と電話を受けた」と、構造設計を担当していた日建設計エンジニアリング部門構造設計グループ構造設計部長の杉浦盛基氏は、その日を振り返る。実施設計を終える直前で、現場では既に施工者と山留めの打ち合わせを始めていた。

 事業主である日本スポーツ振興センター(JSC)が国際デザイン・コンクールを開き、英国の設計事務所、ザハ・ハディド・アーキテクツの案を最優秀賞に決定したのは12年11月。19年ラグビーワールドカップと、20年夏季五輪を招致するうえでメインスタジアムとすることが当初の目的だった〔写真1図1〕。最優秀賞の発表に際し、審査委員長の安藤忠雄氏は「日本の技術力を示す」と語っていた。

〔写真1〕躍動感のあるデザインで魅了
2013年3月に開かれた国際デザイン・コンクールの表彰式で、故ザハ・ハディド氏が新国立競技場のデザイン案を説明する様子。表彰式では審査委員長を務めた安藤忠雄氏が登壇。「これだけ難しい大きいものをあの場所でつくれるのかという気持ちもあった。2020年に向けて日本人の技術を結集すれば、何とかなる。私はできると思う」と述べ、関係者のチャレンジ精神が不可欠だと強調していた(写真:日経アーキテクチュア)
[画像のクリックで拡大表示]
〔図1〕五輪決定から2年で白紙撤回
新国立競技場整備計画をめぐる経緯。ザハ・ハディド案による旧整備計画では、フレームワーク設計で与条件を整理したうえで基本設計に入った。面積は縮小されたが、最終的に建設費が大幅に膨らみ、世論の反発を受けて白紙撤回された(資料:取材を基に日経アーキテクチュアが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 ザハ案の最大の特徴は2本のキールアーチで巨大な天井を支える上部構造にあった。キールアーチは380mスパンで、屋根開口部を覆う透明膜が開閉する機構を備える。いずれも世界に例のない、印象的なスタジアムになるはずだった。

 ザハ事務所のデザイン監修の下、設計を手掛けたのは日建設計・梓設計・日本設計・アラップ設計共同体(設計JV)だ。設計JVは13年5月から、2本のキールアーチが屋根を構成する案を基に基本計画を固めるフレームワーク設計に着手した。

 13年9月に東京五輪開催が決定すると、斬新で大胆な設計に対して、建築界のみならず社会で議論が巻き起こる。やり玉に挙げられたのが、キールアーチだった。建築家の槇文彦氏らが「巨大すぎる」と批判するなど、逆風が吹き荒れた。

 JSCは、実施設計の途中で施工予定者がコスト調整などを支援するECI(アーリー・コントラクター・インボルブメント)方式を導入。14年10月、屋根工区に竹中工務店、スタンド工区に大成建設を選定し、状況の打開を図る。だが、その後もプロジェクトは曲折をたどり、工事費が膨張。15年7月に白紙撤回に追い込まれた。

この先は有料会員の登録が必要です。「日経アーキテクチュア」定期購読者もログインしてお読みいただけます。今なら有料会員(月額プラン)が12月末まで無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら