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建築巡礼

日経アーキテクチュア

目次

  • 内包された広場

    金沢工業大学本館(1968年)

     金沢工業大学は、金沢市にあった北陸電波学校を前身として1965年に大学として開学。校舎は1960年代の初めに現在の野々市市へと移転していたが、その北側に位置するブロックに敷地を取得して本格的なキャンパスづくりに取り掛かる。その第1期工事として完成したのが、今回取り上げる本館(現1号館)と、現在は建…

  • 健全なる意匠と構造

    岩手県営体育館(1967年)

     JR盛岡駅からいわて銀河鉄道に乗り換える。一駅目の青山で下車し、歩いてすぐのところに、この体育館はある。

  • 塔を見るピアッツァ

    駒沢体育館・駒沢陸上競技場(1964年)

     1964年の東京オリンピックで、神宮外苑や代々木ワシントンハイツ跡とともに、競技会場を集中配置したのが駒沢オリンピック公園だ。この場所は、日中戦争の激化によって幻となった1940年の東京オリンピックでも主会場になるはずだった。

  • そびえ立つブロンズ

    百十四ビル・百十四銀行本店(1966年)

     このビルは高松港から栗林(りつりん)公園へと延びる中央通りに面して立つ。百十四銀行の本店で、一部フロアにはテナントも入っている。地上16階建て、軒高54mは、竣工当時、西日本で最も高いビルだった。

  • 石垣のメモリー

    若人の広場(戦没学徒記念若人の広場、1967年)

     淡路島の南端、海を見下ろす尾根の先にこの施設はある。

  • 映し出された超高層

    霞が関ビルディング(1968年)

     霞が関ビルディングは日本初の本格的超高層ビルである。軒高は147m。竣工した1968年の時点で、市街地建築物法で定めた高さ制限の31mを超えた建物として、ホテルニューオータニ(60m)、ホテル・エンパイア(77m)が既に立っていたが、縦長プロポーションの大規模建築という意味で、その後、大都市に数多…

  • 未知の探求に応えた未知の建築

    内之浦宇宙空間観測所

    科学技術の最先端を切り開くのに、新たな建築が必要な場面がある。ロケット開発はその好例だ。鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所は、1960年代~70年代にかけて、そのほとんどの施設が東京大学・池辺陽研究室によって設計された。中核となるロケット組み立て室は、築後50年以上たった今も現役だ。(関連記事「ロ…

  • 円筒のシンクロナイズ

    パレスサイド・ビルディング(1966年)

     日本初の本格的な超高層建築が霞が関ビルディング(設計:三井不動産・山下寿郎設計事務所、1968年竣工)であることはよく知られる。高さ147mは、それまで最高だったホテル・ニューオータニの73mをはるかに超えての日本一だった。

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