2016年12月22日、新潟県糸魚川市の中心街を約4万m2焼失させた大火は記憶に新しい。被害調査や実証実験から、延焼が拡大した一因は、昭和8年(1933年)に建てられた木造建築の瓦ぶきであることが分かった。

 糸魚川大火の延焼メカニズムが次第に分かってきた。

 国土技術政策総合研究所と建築研究所は7月18日、映像記録の分析や火災実験、市街地火災シミュレーションの結果をまとめた「平成28年(2016年)12月22日に発生した新潟県糸魚川市における大規模火災に係る建物被害調査報告書」(国総研資料No.980、建築研究資料No.184)を発表した。

 消防本部によって確認された飛び火地点は10カ所。その後、テレビ局などが撮影した空撮映像を詳しく分析すると、飛び火によって炎上に至ったと推定される地点が新たに確認され、全部で15カ所に及ぶことが分かった〔図1〕。飛び火の多くは風下に向かって広がり、なかには火元となった街区から、海岸近くの北側に向かって150m以上も離れた場所まで風に運ばれた事例もあった〔図2〕。

〔図1〕飛び火は全部で15カ所で発生
新潟県糸魚川市の焼損地域を映像や画像で分析した延焼動態図。消防本部によって確認された飛び火地点は10カ所だったが、映像などの分析で新たに5カ所、計15カ所の飛び火地点があったと分かった。写真出典:NTT空間情報(資料:国土技術政策総合研究所/建築研究所)
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〔図2〕150m以上離れた建物にも飛び火
飛び火があったと推定された地点。日本海側の風下に向かって広がった。なかには(5)のように、150m以上も離れた場所まで飛んだ事例もあった(資料:国土技術政策総合研究所/建築研究所)
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 調査に参加した建築研究所住宅・都市研究グループの岩見達也主任研究員は、「飛び火によって炎上した建物は古い木造建築で、そのほとんどが昭和8年(1933年)に建てられていた」と話す〔図3〕。その理由は32年に発生した「昭和7年大火」の後に、一斉に復旧した街並みが残っていたためだ。

〔図3〕昭和8年竣工の木造住宅が飛び火で延焼した
飛び火があったと推定される時刻と建物の状況。ほとんどの事例が「昭和7年大火」の復旧時に建てられた昭和8年(1933年)竣工の木造住宅だった。(7)は2棟から発煙が確認されており、いずれに飛び火があったかを特定できなかった建物(資料:国土技術政策総合研究所/建築研究所)
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 この昭和初期の仕様の建物が地域内に数多く混在していたことが、今回の火災で飛び火による延焼を助長した可能性があるという〔写真1〕。本来は不燃材料である瓦ぶきの屋根に炎が燃え移り、棟木の近くが燃え抜けて屋内が延焼する事例が多かったのではないかと、調査に当たった研究者たちはみている。注目したのは風に舞った細かな火の粉だ。

〔写真1〕飛び火で棟周辺が燃え抜ける
瓦屋根への飛び火の事例。屋根の棟周辺から屋内に燃え抜けている。古い木造住宅は形のいびつな瓦屋根が多いため、瓦の隙間に風であおられた火の粉が侵入しやすい(写真:桜設計集団)
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