IT関連トラブルを検証する日経コンピュータのコラム「動かないコンピュータ」から、裁判に発展した事例を再録しました。本記事は、日経コンピュータ2004年7月26日号の「動かないコンピュータ」です。

旅行最大手のJTBは、基幹系システムの再構築プロジェクトを巡るトラブルが原因で、開発を委託したビーコンインフォメーションテクノロジーと互いに訴え合う事態になっている。業務/機能要件を固める作業が進まなかったことが引き金になって、JTBはビーコンITとの契約を解除。訴訟は3年が経過している。

 今年6月7日、東京地方裁判所の第527号法廷では、JTBとビーコンインフォメーションテクノロジー(ビーコンIT)との裁判が開かれた。この日の証拠調べを受けて地裁は、原告と被告から訴訟に至る事情をほぼ聞き終わったと判断し、和解案を提示することを明らかにした。提示は9月の予定。システム開発トラブルを巡って起きた、3年にわたる両社の訴訟がようやく終結する可能性が出てきた。

 JTBがビーコンITに対して、約11億6000万円の損害賠償を請求する訴訟を起こしたのは、2001年7月24日のこと。その後ビーコンITが同年10月12日に、JTBを反訴。ビーコンITは、作業受託料金の未収分など約7億6000万円をJTBに請求した。

 JTBがビーコンITと法廷で争うことになったのは、国内のホテルや旅館の宿泊予約といった基幹業務で使う「ホテル・リザベーション(HR)システム」の再構築プロジェクトが失敗したから。JTBは、新HRシステムを2002年1月に稼働させる計画だった。

 この新HRシステムの開発を請け負ったのがビーコンITである。1999年7月にプロジェクトが始まったものの、業務要件や機能要件を固める作業が進まず、開発作業が難航。2000年春ごろから、遅れが目立つようになった。その後、両社はプロジェクト推進体制を見直すなど対策を講じたが、2000年秋になっても、状況は改善しなかった。さらに2000年末にはJTBとビーコンITが、新HRシステムの開発費用を巡って対立。このころビーコンITは、受注前に見積もった金額の1.6倍以上の開発費用をJTBに請求していた。

 2000年末から2001年1月にかけて、JTBとビーコンITは、開発作業の遅れと開発費用に関して何度か話し合った。だが結局、折り合えなかった。

 2001年1月26日、JTBはビーコンITとの契約を正式に解除する。JTBは新HRシステムの構築を取りやめた。現在JTBは、ハードウエアを入れ替えただけで、従来のHRシステムに若干手を加えて動かし続けている。

 JTBの新HRシステム構築プロジェクトはなぜ頓挫とんざしたのか。どうしてビーコンITと法廷で争う事態に至ったのか。本誌が取材を申し込んだところ、JTB広報は「係争中につき、取材に応じることはできない」とし、取材を拒否した。ビーコンITも「裁判所で公開している情報以外に、今話せることは何もない」と回答した。

 本誌は、裁判所で閲覧できる訴状や陳述書、証拠資料、証人調書などを基に、トラブルの経緯と理由を追った。

見積額の安さに引かれる

 JTBが新HRシステムの構築を検討し始めたのは、1998年末ごろとみられる。同社は、既存のHRシステムを富士通メインフレーム(M1800)で動かしていたが、2001年9月末にハードの保守期限が切れることもあって、システムの稼働プラットフォームをIBMメインフレームに変更することにした。富士通メインフレームを使い続ければ、ハードの保守料が従来の2倍に増額される状況だった。

 当時、HRシステム以外の基幹系システムはIBMメインフレームで動いていた。新HRシステムも、IBMメインフレームに集約しようと考えた。同時に、国内宿泊予約業務向けの新機能を追加する予定だった。JTBは、基幹系システムのハードを統合することで、8年間で11億円のコスト削減を見込んだ。

 1998年末から翌年4月までの間にJTBは日本IBMに、新HRシステムの構築費用の見積もりを依頼した。IBMは、従来のHRシステムの機能を単にIBMメインフレームに載せかえる作業だけなら約17億円と見積もった。

 JTBの経営層はこの金額に納得しなかった。同社の常務会は、「単純移行にかかる費用が17億円にもなるなら、新規機能を追加してHRシステムを再構築すべき」と決定した。

 この決定のもと、JTBのシステム部門は新HRシステムの基本構想を練った。システムには、「泊食料金表示」と呼ばれる宿泊料金の表示に関する機能を、目玉の一つとして盛り込むことにした。具体的には、「1泊朝食付きで○円」、「1泊夕食付きで△円」、「1泊3食で□円」などさまざまなパターンの料金を表示できるようにする。従来のHRシステムは、「1泊2食で○円」という料金表示しかできなかった。

 新HRシステムはIBMメインフレームで動かすことに決まっていたため、新機能を追加した場合の開発費の見積もりをIBMに依頼した。見積額は約47億円。JTBは高すぎると考え、ビーコンITに声をかけた。

 JTBが、ビーコンITに新HRシステムの開発費用を見積もるよう打診したのは1999年5月中旬ごろ。同システムの構築プロジェクトを率いていたJTBの担当者が、ビーコンITの販売するメインフレーム用データベース・ソフト「ADABAS」を使って開発できないかどうか、ビーコンITに相談した。

 JTBは以前、社内でビーコンITのADABASと開発言語「NATURAL」で、システムを構築した経験があった。ビーコンITに新HRシステムの開発費用の見積もりを依頼したJTBの担当者は、ADABASとNATURALを利用した開発の生産性の高さを評価していた。

 1999年6月に、ビーコンITとIBMの2社はJTBに対して、正式な見積額を提示した。IBMの提示額には、二つのパターンがあった。新たにHRシステムを構築する場合が36億7000万円。従来のHRシステムをIBMメインフレームに機械的に移行し、その後に新規機能を追加する場合が23億1855万円だった。

 これに対し、ビーコンITの見積額は16億8200万円。NATURALを使い、従来のHRシステムに新機能を追加したものをIBMメインフレームで動かす。JTBはビーコンITを開発委託先に決めた。見積額の安さは魅力的だった。

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