日中はIT企業の役員を務め、早朝に純文学を書く「クロステックな作家」上田岳弘氏が「テック&アート」をテーマにアーティストやテクノロジストと語り合う新連載。第1回のゲストはミュージシャンの波多野裕文氏(People In The Box)。上田氏はPeople In The Boxの楽曲『ニムロッド』に刺激を受け、2018年下半期の芥川賞受賞作『ニムロッド』を書き上げた。一方、波多野氏は上田氏の愛読者で全作品を読み込んできた。2人の間に直接の交流はなく本対談が初の出会いである。音楽と文学、互いの作品だけを介して2人はどのようにつながったのか。(構成は谷島 宣之=日経BP総研)

(写真:菅野勝男)
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上田: 1回目の対談相手をぜひとも波多野さんにお願いしたいと思っていました。僕はPeople In The Boxが好きで、なかでも『ニムロッド』という曲が大好きです。いつかこの題名で小説を書きたいと考えていました。ようやく書き上げた作品で芥川賞を受賞できた。芥川賞の記者会見では最後に「何か言い残したことはありますか」と必ず聞かれます。「この題名で小説を書けてよかった」と答えました。

波多野: 受賞会見で僕らのグループ名と楽曲名を出していただき、本当にうれしかったです。同時に驚きました。僕は上田さんのデビュー作『太陽』を読んで以来のファンなので。上田さんの作品は『ニムロッド』まですべて読んでいました。最新作の長編『キュー』は既に2回読みました。僕と同じような志向の方だなあと勝手に思っていたのですが、僕らの曲から受賞作の題名をとられたと聞いてびっくりでした。

波多野裕文(はたの・ひろふみ)
1981年 福岡県北九州市生まれ。 2007年にデビューしたオルタナティブロックバンドPeople In The Boxにおいてボーカル、ギター、キーボードを担当。現在に至るまで7枚のアルバムを発表。独自の音楽性と歌詞で評価を受ける。2016年にはソロアルバムを、2017年にはデュオ橋本絵莉子波多野裕文としてアルバムを、それぞれリリースしている。(写真:菅野勝男)
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音楽ビデオと単行本でつながった

上田: 確か2013年だったかな、インターネットの動画サービスで音楽ビデオを流しながら小説を書いていたとき、「あの子は木に登って 火照った大地を見晴らした。どこかに僕みたいな道化師はいませんか」という歌詞が聞こえてきて、深く刺さりました。こっちも勝手な勘違いだったのでしょうが「僕に向けて歌ってくれている」と思って。その曲がPeople In The Boxの『ニムロッド』でした。一体このバンドは何なんだ、と調べ、聴くようになりました。

上田岳弘(うえだ・たかひろ)
1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、IT企業の創業に参画し、現在は役員を務める。2013年『太陽』で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年『私の恋人』で第28回三島由紀夫賞、2018年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞、2019年『ニムロッド』で第160回芥川龍之介賞を受賞。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』がある。(写真:菅野勝男)
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波多野: 僕のほうは2014年だったでしょうか。ふと、「同世代の日本の作家で僕と似たような考え方の人はいないのかなあ」と思ってインターネットで調べました。生年で検索し、ネットに出ている紹介文や粗筋を読んで当たりを付けてから書店に行き、何冊か見たのです。上田さんの初めての単行本『太陽・惑星』(新潮社)を見つけ、ちょっとだけ読み、「これだこれだ」と思って買って帰りました。

上田: ありがとうございます。

波多野: 読んでみて、すっかりはまりました。それ以来作品をずっと読んできたこともあって、受賞会見で僕らのバンド名と曲名を言ってもらったとき、驚いたと同時にふに落ちたというか、何か輪が閉じた感じがありました。創作が創作につながってぐるっと回って戻ってきたような。作品でつながることができたのは本当にうれしかった。

上田: 同感です。ところでそもそもなぜ日本の作家を検索したのですか。

波多野: 音楽をずっとやってきて、つくることにあまりにも孤独を感じた時期があって(笑)。

上田: バンドのフロントマンだから。

波多野: 曲はみんなで作っていてメンバー以外にもマネジャーやサポートしてくれる人がいてチームでPeople In The Boxは活動しています。とはいえ歌詞はすべて僕が書いていますし、作詞作業は自分の中にしか正解はありません。もちろん僕と同様に歌をつくっている友人もいますが、みんなそれぞれだからモチベーションは一様というわけではありません。そこで、音楽以外の分野、例えば小説家であれば、同じ志、というのか、似たような視座で表現をしている人がいてもおかしくはないのではないか、と。

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