大量生産品とオーダーメード品、“良いとこ取り”は可能か

事例にみる、モノづくりとパーソナライズを両立する勘所

2019/10/11 05:00
鈴木 良介=野村総合研究所 ICTメディア・サービス産業コンサルティング部 上級コンサルタント

 みんなが必要とするものを、より良い品質で、より早く、より安く作っていれば会社の成長は疑いない。そんな幸福な時代は残念ながら終わってしまった。多様化する消費者の嗜好や、ニッチな社会課題など、「スケールしないなあ」と思いつつも取り組まざるを得ないケースは増えている。そのようなケースへの対処は、個別最適による訴求、パーソナライズだ。

 米国のグーグルやアマゾン・ドット・コム、フェイスブックをはじめとしたネット事業者は「モノ」を提供しなくてよい身軽さからも、パーソナライズへの取り組みは早く、そして徹底している。極端な事例として、動画配信サイト「Netflix(ネットフリックス)」を運営する米ネットフリックスを見てみよう。

 ネットフリックスはもとより「あの人にどの動画を薦めれば高く評価されるか?」ということを大量のデータから見定めることに注力してきた。近年では、この「誰に何をお勧めするか?」にとどまらず、「あの人にならばどのようにお勧めするか?」という点まで踏み込み、動画推奨の際に用いるサムネイル画像の生成を効率化しようとしている1)。30分の動画は約10万枚の画像からできているが、その中から主要な出演者が良い構図にあり、誰一人としてまばたきしていないといった、サムネイルに使いやすい画像を抽出する技術の開発を進めている。これまでクリエイターが行っていた作業を人工知能に支援させようとしているのだ。

 これによって、何ができるか。例えば名作「グッド・ウィル・ハンティング」をオススメする際にも、ロマンス好きのユーザーには主演であるマット・デイモンとミニー・ドライバーが仲むつまじくしている様子のサムネイルを示す。コメディー好きのユーザーには本作でアカデミー賞を受賞したコメディアン、ロビン・ウィリアムズを前面に出したサムネイルを示す。ネットフリックスが行った実験では、顧客嗜好に合わせたサムネイルを提示することで視聴に至る割合は大きく増加した。

 このネットフリックスの事例はパーソナライズへの執念を感じさせる好例であるだけでなく、一方でモノが関与しない気軽さもある。果たして、モノの提供におけるパーソナライズとしてどのような戦い方があるのか。5つの事例を通して見てみよう。

事例1:合理を追求するイケアThisAbles

 「モノとパーソナライズ」の関係はマスカスタマイゼーションという言葉の下で語られることが多い。大量生産品とオーダーメード品の良いとこ取りをしたモノづくりの考え方だ。マスカスタマイゼーションに取り組む事例を紹介する。

図1:マスカスタマイゼーションの定義
出典は、「2兎を追い2兎を得る、設計・生産の新技術が後押し」、木崎健太郎、日経ものづくり(2019年1月)。情報収集サービス「日経TechFind」にて「マスカスタマイゼーション」で調査して得た結果の一部。
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 イケアは販売する家具の使い勝手をよくするためのプロジェクト「ThisAbles」を世界127カ国で展開している2)。3Dプリンターの活用によって自社が販売する家具をパーソナライズする。対象としているのは障がいのある人たちだ。

 例えば、手先が不自由な人はデザイン性の良い小さなボタンスイッチを押すことに難儀する。そのような人向けにイケアが用意したのが「メガスイッチ」だ。本来のボタン全体を覆うような大きな補助ボタンを用意することで、簡単にスイッチの操作をできるようになる。

 メガスイッチの入手手段は大きく2つ。3Dプリンターで生成されたオプション器具をイケアの店頭で購入するか、設計データをダウンロードして別途製作するかである。あとは通常のイケア製品と組み合わせて利用すればよい。完全にテーラーメードで棚やソファを作れば高額になってしまうが、メガスイッチを使えばイケアの店頭に並ぶ通常の製品を利用できるので安価で済む。まさに、大量生産と補助具によるパーソナライズの良いとこ取りといえる。

 必要に迫られている人を対象に、自社の大量生産とその使い勝手をよくするためのアタッチメントを提供する、というのはマスカスタマイゼーションのお手本のような事例だ。本事例についてちょっとうがったものの見方をすれば、CSRを練習問題として3Dプリンターを用いた事業展開の検証を行っているようにも見える。

事例2:官能を追求するポーラAPEX

 イケアの施策をパーソナライズによる“合理の追求”とするならば、パーソナライズによって“官能を追求”することで競争に勝とうとする事例もある。化粧品業界における取り組みを見てみよう。

 長年、個々の人に最適なスキンケアを提供してきたポーラは、スキンケア領域におけるテクノロジー活用を進め、より早く適切なスキンケアソリューションの提供を可能とした。「APEX」(アペックス)と呼ばれるこの仕組みでは、肌の特性や状態、生活習慣・体調、好みに関する情報を収集する3)。肌の分析においては、静止画解析はもとより、水分センサーから得られたデータや、肌を動かしている様子を撮影した動画も解析の対象とする。

 動画データを活用する理由は、肌表面の動きと肌内部の状態が密接に関係しているためだ。口を大きく動かす様子から肌内部で何が起きているのかが分かる。肌のハリや毛穴の状態、ニキビが生じるリスクなどの分析結果に基づいて862万通りの組み合わせの中から顧客に適した化粧品が選ばれる。

 ポーラはこのような解析に基づいて最終的には人間のスタッフが顧客とのコミュニケーションの中で最適な商品をお薦めする。同社の菅千帆子アペックスブランドマネジャーは「パートナーという人間の力が加わることで、計算されたサービスではなく、時には予想外のことも起こるパーソナライズサービスが提供できる。それこそがお客さまの感動につながるものと確信している」と、そのサービスの考え方を示している4)

事例3:「引き算」によるパーソナライズ

 製品がネットワーク接続機能を備えるようになったことで、実現しやすくなったパーソナライズもある。あるメーカーが販売するプロ用ビデオカメラの事例を見てみよう。

 通常のプロ用製品であれば機能やそれに応じた価格別に異なるバリエーションが登場するが、そのようなバージョンの違いがない。なぜならば、ハードウエア的にはおよそ必要とされそうな機能が全て盛り込まれている最小公倍数的な設計になっているからだ。

 そうかといってハードウエア自体の価格がとてつもなく高いわけではない。なぜか。本製品はハードウェア上はおよそ必要とされそうな機能がすべて盛り込まれているものの、その機能を利用するためには時限的なライセンスをつど購入しなければならないためだ。

 本製品を利用するプロのビデオ撮影者(ビデオグラファー)は撮影目的に応じて必要とする機能が異なる。サッカーならば4K撮影機能、フィギュアスケートならばスローモーション撮影機能、といった機能を業務に応じてつど購入する。プロのビデオグラファーとしてみれば、初期投資を抑えた上で仕事ごとの必要経費として最小限の機能を時間で区切って購入できることになる。その場、そのときに、必要な機能まで引き算されている事例だ。

 この事例を耐久消費財メーカーに紹介すると議論が分かれて面白い。ポジティブに評価される場合、その期待は「必要な機能を必要な分だけ」という効用に加えて、バリエーション違いによる在庫を減らすことへの期待が聞かれる。一方、ネガティブな評価は、「プロ用カメラのようなB2B商材は利幅が非常に大きいのでこのような施策が成立する。B2Cの低単価商材は、原価に負けてしまうので厳しいのではないだろうか」という意見だ。

 過剰でも不足でもなく顧客にとってちょうどピッタリの機能を提供しつつ、その施策の財源としてバリエーション在庫の減少も組み合わせる、といったフロント・バック協調施策のためにテクノロジーが使われるならば、IoT施策につきものの「つないで、で、どうするの?」という問いへの説明にも困らないだろう。

事例4:習熟プロセスのパーソナライズ

 モノは売って終わりではない。利用者としてみれば買ったときからその製品との付き合いが始まる。中には、利用の習熟に時間を要するモノもある。そのような習熟プロセスをパーソナライズし、使い勝手をよくすることは顧客にとって価値がある。筋電義手の事例を見てみよう。

 筋電義手は、外観を補うための装飾用義手とは異なり、自らの意思で操作することができる義手だ。筋肉を動かそうとするときに発生する微弱な電流を用いて操作する。その歴史は古く、国内でも20年の歴史がある5)。うまく使いこなせるようになると、紙コップを潰さずに持ったり、靴ひもを結んだりすることまでもできるようになるという。

図2:筋電義手では紙コップも潰さずに持てる
出典は、「切断した手の動き、「筋電義手」で再現」、伊藤瑳恵、日経デジタルヘルス(2019年3月)。情報収集サービス「日経TechFind」にて「人工知能 訓練」で調査して得た結果の一部。
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 難点は使いこなすまでの訓練に時間を要することであったが、テクノロジーの活用によってこの課題が緩和されつつある。武器は人工知能だ。電気通信大学、横浜国立大学、東海大学医学部が共同開発した新型の筋電義手「eHand」はスマホアプリと連動する。「手を握る」「手を開く」など、実際に行おうとする動作をアプリ上で指定することによって、その際にどのような筋電位が発生しているのかを義手とアプリによって学習していく。これによって使いこなすまでの時間が短くなる。これは利用・習熟のプロセスをパーソナライズする事例と位置づけられる。

事例5:局所戦に挑むカシオ計算機

 個人ではなくて、特定業界に最適化したものもある。カシオ計算機(カシオ)は2019年5月に20万円のコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)「DZ-D100」を発売した。これは皮膚科医向けに特化したコンデジであり、皮膚科医の診療の支援にとことんこだわっている6)

 皮膚科医は皮膚の病変部をカメラで撮影するが、その際には接写に特化した専用レンズを用いることが一般的。一方、患部の周辺を撮影する際には、そのレンズを取り換えたり、別のカメラと使い分けたりしていた。専用のレンズを外付けすると総重量が1キログラムを超えることもあり、取り回しに難儀していた。

 それに対し、DZ-D100は接写も患部周辺撮影のいずれにも対応しつつ、重さを約400グラムに抑えているため取り回しが容易だ。さらに、光の反射を抑え病変部をはっきり撮影することや、病変部のサイズを計測する機能も備えている。

図3:1台で接写と通常の撮影が可能(写真:カシオ計算機)
出典は、「カシオが皮膚科向けカメラ発売、1台で接写と全体撮影」、近藤寿成、日経 xTECH(2019年5月)。情報収集サービス「日経TechFind」にて「DZ-D100」で調査して得た結果の一部。
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 筐体(きょうたい)デザインにも工夫がある7)。普通のカメラは左手に乗せ、右手で把持しつつシャッターを押す。一方、皮膚科医の診療を観察すると、病変部を上からのぞき込むように撮影することが多く、左手で把持した上で、液晶画面をタップして撮影することが多い。DZ-D100はそのような使い方になじむデザインにされた。

 さらにこのようなカメラの活用が広がることによる「AI診断時代」への期待も聞かれる。AI診断に利⽤する画像は多ければ多いほどよいが、撮影条件がそろった画像のほうが圧倒的に利⽤しやすくなるためだ。カシオによるインタビューに答えた東京女子医科大学の田中勝医師は、「皮膚は目で見られるので経過観察がしやすく、AIの研究に向いています」「理屈の上では世界中の医者が全員同じカメラに統⼀して画像を撮影することが、⼀番効率がよい」と語る8)

 「使い勝手の良い標準的なデータ収集ツール」を提供できるようになれば、その先には画像解析支援などのフロンティアも広がっている。横の広がりは減っても、深掘りの中で事業拡大することにもつながるだろう。

安くなったデジタル技術で顧客の価値を高める

 以上、モノの提供に関するパーソナライズとして5つの事例を紹介した。大量生産品の不足を補うイケア。それぞれの顧客の肌事情に合わせて、感動に至るような製品を提供するポーラ。必要なときに必要な分だけを変動費として提供するプロ用ビデオカメラ。最大の難関であった習熟の困難さを解決する筋電義手。皮膚科医の業務に特化し、局所戦で勝とうとするカシオ。

 これらが実現された背景には、ビッグデータ、IoT、人工知能の存在がある。安くなったデジタル技術の活用は、今までとは違う戦い方で顧客に対する価値をより大きくできる。そんな可能性を感じないだろうか。

1)"Artwork Personalization at Netflix", Ashok Chandrashekar他, Netflix Technology Blog, https://medium.com/netflix-techblog/artwork-personalization-c589f074ad76(2017年12月)
2)ThisAblesのウェブサイト、https://thisables.com/en/
3)APEXに関するポーラのウェブサイト、https://www.pola.co.jp/brand/apex/(2019年9月閲覧)
4)「ブランド誕生から30年の節目を迎えるアペックスブランドが大きく進化」、月刊C&T(2019年7月)
5)「切断した手の動き、「筋電義手」で再現」、伊藤瑳恵、日経デジタルヘルス(2019年3月)
6)「患部の接写と通常の撮影が1台で可能な皮膚科医向けカメラ」、カシオ計算機プレスリリース(2019年4月)
7)「カメラ技術健在!!カシオが開発した最新カメラは医療用?『ダーモカメラ』開発秘話」、諸⼭泰三、マイナビニュース(2019年7月)
8)「カシオのダーモカメラが皮膚科の医療現場を変える」、諸⼭泰三、マイナビニュース(2019年8月)

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