みずほフィナンシャルグループ(FG)のシステム刷新プロジェクトを、口の悪いIT業界関係者はなかなか完成しないスペイン・バルセロナの教会にちなんで「IT業界のサグラダ・ファミリア」とやゆした。2011年6月に本格化したプロジェクトが、「そもそも何をやっていた?」と疑問が出るほど長引いたのは、銀行システムの根幹といえる勘定系を全面再構築していたからだ。

 「勘定系システムという土台を分解して一から作り直すのは、過去に例がない」。三菱UFJ銀行でCIO(最高情報責任者)を務めた三菱UFJリサーチ&コンサルティングの村林聡社長はみずほFGのシステム刷新をこう評す。

 今の銀行システムの原型といえる「第3次オンライン(3次オン)」が稼働したのは1980年代後半のこと。それ以降、大手銀行が勘定系システムを全面再構築した例は無かった。みずほFGに限らず、どのメガバンクも合併のたびに勘定系システムを旧行のどちらかに統合する「片寄せ」を繰り返してきたからだ。

 みずほFGは旧第一勧業銀行、旧富士銀行、旧日本興業銀行の3行が統合して発足し、2002年4月から個人や中小企業向けの旧みずほ銀行(BK)と大企業向けの旧みずほコーポレート銀行(CB)の2行体制になった。BKの勘定系は旧第一勧銀の「STEPS」に片寄せし、CBの勘定系は旧興銀の「C-base」に片寄せした。旧富士銀行の「TOP」は2004年に廃棄した。

 大手銀行は3次オン以前、ほぼ10年に1度のペースで勘定系システムを作り直していた。しかしその動きは1990年代以降にピタリと止んだ。数千億円規模の投資が必要になるにもかかわらず、売り上げ増など直接的な効果が見えづらい勘定系の全面刷新は、バブル崩壊で経営に打撃を受けたメガバンクには難しくなった。既存の勘定系を手直しして新機能を加えるやり方が主流だった。

大規模システム障害がきっかけ

 なぜみずほFGだけが勘定系の全面再構築に挑んだのか。理由は旧第一勧銀が1988年に稼働したSTEPSの老朽化にあった。もちろんどのメガバンクの勘定系も3次オンの設計思想を引きずっていたが、特にみずほのSTEPSにその傾向が強かった。新サービスの投入や法制度対応など部分的な修正を繰り返したことで、システム内部の構造を把握しきれない「ブラックボックス」に陥っていた。

図 大手銀行の勘定系システムの変遷(年月はシステム統合完了時期)
みずほは3系統の勘定系を1つに
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 それが顕著に表れたのが2011年3月の東日本大震災に端を発したシステム障害だった。テレビ局が設けた口座に義援金の振り込みが大量に押し寄せたことをきっかけに、大規模システム障害が発生した。口座ごとに設定されたシステム上の処理上限値(リミット値)を現役社員が知らなかったことが原因で、復旧にもてこずった。

 STEPSが大量データを一括処理する「バッチ処理」を多く残していたことが被害を広げた。障害によって夜間バッチ処理が朝までに終わらなくなり、翌日のオンライン処理に悪影響を及ぼし、被害が雪だるま式に広がった。

 例えば三菱UFJ銀行は2000年代に、大量の振り込みをバッチ処理ではなくオンライン処理できるよう勘定系を整備していた。みずほFGも2002年の大規模障害後に振り込みシステムに手を入れたとされるが、結果として2011年の事態を防げなかった。

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