製造業では、AI(人工知能)の活用が既に現場レベルに広まっている。ただ、製造業は人材不足など課題を抱えており、変革の時期にも来ている。今後、AIがその課題を解決するための解になるのか。製造現場のイノベーションを推進する「人が主役となるものづくり革新推進コンソーシアム(HCMIコンソーシアム)」の理事(運営委員長)を務める谷川民生氏に、AI活用の可能性を尋ねた。(聞き手は、森側 真一=日経BP総研 イノベーションICTラボ 上席研究員 兼 ビジネスAIセンター長)

現状の製造業におけるAI活用はどのような状況でしょうか。

 製造業では今、ビッグデータを活用した故障予知や異常検出、画像診断を用いた外観検査といった製造現場でのAI活用のほか、デジタルツインによるシミュレーションなど設計やテストの分野、工場全体のマネジメントから需要予測のようなマーケティング分野まで幅広く進んでいます。

産業技術総合研究所 谷川 民生 氏
1993年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了、同年、工業技術院機械技術研究所に入所、1998年大阪大学にて博士号取得、2001年産業技術総合研究所 知能システム研究部門主任研究員、2003年経済産業省製造産業局産業機械課情報推進係長(出向)、2012年産業技術総合研究所 知能システム研究部門上級主任研究員、2013年同 知能システム研究部門統合知能研究グループ・研究グループ長、2015年同 情報・人間工学領域研究戦略部研究企画室室長、2017年同 情報・人間工学領域人工知能研究センター 副研究センター長、現在に至る。その他、大阪大学招聘教授、首都大学東京連携大学院教授、農業・食品産業技術総合研究機構農業情報研究センター連携推進監を歴任。「人」が主役となるものづくり革新推進コンソーシアム(HCMIコンソーシアム)理事(運営委員長)も務める。(撮影:菊池 くらげ、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、現状のモノづくりの現場は大きな課題を抱えています。現状はまだ高い技術を持っている日本ですが、今後、熟練者が引退して少なくなり、中国をはじめ海外の技術が日本に追いつくのも時間の問題です。そのために、日本の技術力を維持する新たなAI活用に向けた検証を始めているところです。

製造業が抱える大きな課題について詳しく教えてください。

 課題は、二つの面から起こっています。一つは、これからのモノづくりは、変種変量、つまり超多品種少量生産の時代になっていくことです。極端に言えば、消費者一人ずつに合わせて製品を作るようになっていきます。これまでは、産業ロボットを使って大量生産をしてきましたが、変種変量になってくると、多品種の製品ごとにロボットに多様な作業をさせる、すなわち多様なモーション(動き)を作る作業が必要とされます。

 その一方、1製品当たりの生産数が少ないため、ロボットのモーションを作るコストを考えれば、現状では多様な作業を容易にこなせる人手による生産が効率的です。しかしながら日本では、労働者不足に見舞われています。

 もう一つは、製造現場の熟練者が引退によって少なくなっていることです。最初の金型試作など高度なノウハウが必要とされる熟練者しかできなかった技術が、いまだ製造現場を支えています。これは、試作された金型の複製を活用して生産している中国など諸外国にはない、日本の強みと言ってもいいでしょう。このままでは、熟練者しかできない技術が失われていき、元となる金型試作のノウハウが失われることで、世界の製造業にとってもマイナスになります。

製造業の課題に対し、どのような対処が必要ですか。

 いま進めているのが、熟練者の知識を構造化することです。経験や勘で作業していることに対し、工作機械の調整方法、削りしろ、温度湿度などの情報を、体系化して蓄積しています。従来も産業技術総合研究所が2001年ころに実施した「ものづくり・IT融合化推進技術(デジタル・マイスタープロジェクト)」で加工技能の整理・体系化を目指したのですが、成功した部分もありながら、うまく行かない部分もありました。

 これまで加工技能の整理・体系化で得た情報からコンサルティングによるノウハウ移転を図ってきましたが、これからは現場のデータに基づいたAIを活用します。工作機械に付けたセンサーや、熟練者の機械操作のデータとAIを用い、熟練者の知識を見える形に構造化する技術を検証しています。知識を見える形にすることで、非熟練者でも短い期間で中級レベルの作業ができるようにするわけです。

 こうした知識を構造化することは、熟練者が引退する前に進める必要があります。センサーからのデータだけでなく、AIが学習に必要な正解データを持っている熟練者へのヒアリングも必要だからです。

 変種変量生産への対応には、AIを搭載したロボットに人の動きを転写する技術も開発中です。プログラミングによってロボットを動かすのではなく、人の動きをデータ化してAIで学習し、ロボットを動かします。人体とロボットの構造が違うため、動きを転写する技術が必要になります。現状の研究レベルでは、例えば、タオルの畳み方を学ばせる場合、人がロボットアームの遠隔操作によってタオルを畳んで、ロボット自身がどのように動かされているかを学習し、ロボットのモーションとして動きを転写します。

[画像のクリックで拡大表示]

 ただ、モノづくりはロボットだけで完結できません。人との協調作業がどうしても必要になります。変種変量に対応する次世代の製造現場では、人とロボットが協調動作する形になっていきます。人が得意な部分とロボットが得意な部分をうまく分けて協調動作できるようにする、これが産業技術総合研究所が中心になって進めている「人が主役となるものづくり革新推進コンソーシアム(HCMIコンソーシアム)」の中核的な活動になります。

 このためには、人の動きのデータを取得する技術が重要になります。作業プロセスをデータ化してサイバー上でロボットと人が協調するシミュレーションを行う。できれば人の心理状態までデータ化できるとよいでしょう。ロボットが可能な作業を記した仕様書と同様、作業者個々人の能力の仕様書も必要です。その人がどのような特性を持って、何ができる、何が得意といった情報を体系的に管理することで、ロボットと人とが協調する生産システムが設計できるのです。

 さらに、一つの工場だけで変種変量生産は難しいので、複数の工場をまたいだ協調生産も必要になります。一つの工場では納期や生産コストを容易に予測できますが、複数の工場をまたげば大変難しくなります。これについても考慮しなければなりません。そうした、新たなものづくりの変化に対する、高度熟練技術の維持、人とロボットの協調生産、分散型生産プロセスに向けた技術を研究していきます。

この先は会員の登録が必要です。有料会員(月額プラン)は初月無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら