建設業界でVR(仮想現実)の利用と言えば、住宅展示場などで来場者にVRのゴーグルをかぶってもらい、その場にはないタイプの家や部屋などを仮想的に見てもらう用途で使われることが多い。住宅の購入を検討している見込み客の獲得にVRを使うのは、最近では珍しくない。

 しかし、住宅をつくる設計者が日常的にVRゴーグルをかぶり、3次元(3D)の仮想空間に入り込んで、設計途中の空間や天井高、奥行き、建具の大きさなどを確認し、調整を繰り返していく例はまだ多くないだろう。今回のデジタル活用(デジカツ)は、年間で約400棟もの注文住宅を手掛ける設計事務所、フリーダムアーキテクツデザイン(東京・中央)のユニークな取り組みである。

 同社は2017年、富裕層向けの住宅設計に絞った、その名も「社長の邸宅」という新事業を開始した。建て主は会社の社長でなくてもいいが、建築費が億単位になる案件だけをターゲットにしている。顧客はお金持ちばかりで、予算でもめるケースは少ない。しかし、住宅への思い入れが非常に強く、要望も多くなりがちだ。

 19年現在、この事業は軌道に乗っている。開始当初はどれだけの件数を1年間に受注できるかで採算が決まった。しかし、今では「1棟で7億円、8億円といった豪華な戸建て住宅や別荘を受注できるようになり、件数を追う必要がなくなった」。社長の邸宅を手掛ける建築事業開発部の長澤信部長はそう語る。

 億単位のお金を家づくりに出せる人は、理想の実現に出費を惜しまない。その代わり、細部にまでこだわり、前例がない唯一無二の家を求めてくる場合がほとんどだ。

 私がフリーダムアーキテクツのオフィスを訪れたときはちょうど、自宅に温泉を引き込み、温水のインフィニティープールを住居空間の下に設けたいというクライアントの案件を設計している最中だった。しかも建物は円形をしている。

 こうした裕福な顧客の期待に応えるため、フリーダムアーキテクツが取り入れたのが、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)とVRを融合した設計スタイルである。同社は「VRアーキテクツシステム」と呼んでいる。

 フリーダムアーキテクツには19年6月時点で、約230人のスタッフがいる。そのうち、1級建築士が35人、2級建築士が47人。多くの設計者がBIMを扱える。ソフトは米オートデスクの「Revit」だ。

 BIMで3D空間を設計していく過程で、上司や同僚が「この部分はもっと大きくしたほうがいいな」といったアドバイスをしてくれることはよくある。設計者は指摘に沿って修正するわけだが、「経験が浅い設計者はなぜ直しを求められたのか、BIMの画面を見ているだけでは実感が湧かないことがある。現場経験が少ないと、図面からでき上がりのイメージを想像しにくい」(長澤部長)。

BIMとVRを組み合わせた設計スタイル。左に立つ上司(長澤部長)がBIMを使う設計者(男性)にアドバイスをしているところ。VRのゴーグルをかぶった設計者(女性)は、BIMで変更した部分が3Dの仮想空間でどう違って見えるかを確認している(写真:日経アーキテクチュア)
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 分かりやすい例は、天井の高さと部屋の広さの関係だ。仮に部屋がそれほど広くなくても、天井を高くすると、実際に家ができたときに目にする印象はかなり違う。大きな空間に思えたりする。その逆もあり得る。

 こうしたイメージを設計者が頭の中で描けるようになるには、それなりの経験を積む必要がある。そもそも同社の設計者らは億単位の家に住んだことがないし、富裕層が求める住環境とは何かを想定しにくい。長澤部長は「我々が豪邸に住むことはできないが、ちょっと頑張れば高級ホテルのいい部屋には泊まれる。そうしたリアルな経験を通して、リッチな人たちが望む家や部屋を少しでも想像できるようになる経験の積み上げは続けなければならない」と語る。

 ただ、設計の即戦力として人材を育てようと思えば、助言をしたその場で、空間の変化を感じ取ってもらえたほうがいい。そこで設計者にVRのゴーグルをかぶらせ、変更の前と後の違いを仮想空間で疑似体験してもらう。

 設計者同士で、片方がBIMで図面の一部を変え、もう片方がVRでその変化を見ながら「こっちのほうがいいね」といったやり取りをする使い方もできる。

2人の設計者がBIMとVRで協働することもできる(写真:日経アーキテクチュア)
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