ロボットが神業で電極埋め込み、イーロン・マスクの脳直結デバイス

「ニューラリンク」の“すごさ”を専門家が解説(第2回)

2019/08/26 05:00
藤井 直敬=デジタルハリウッド大学大学院 専任教授、ハコスコ 代表取締役

イーロン・マスク氏が2017年に創設したBMI(Brain Machine Interface)のスタートアップである米ニューラリンク(Neuralink)は、2019年7月17日に新開発のデバイスや今後の研究方針などを発表した。特筆すべきは、人間には不可能な低侵襲電極インプラントを実現するロボットの存在だ。神経科学者としてBMIの研究を手掛けた経験を持つハコスコ代表取締役の藤井直敬氏に、その特徴や意義を解説してもらった。(日経 xTECH編集部)

 ニューラリンクの目的は、脳機能障害の仕組みを理解してそれを治療することだという。脳機能を維持するだけではなく、より高機能な脳へと進化させ、より良い未来の実現に貢献する。脳との双方向インターフェースさえ確立してしまえば、人工知能(AI)との連携も可能になるので、脳単体ではできなかった部分を補強したり、失われた機能を再建したりできるようになるわけだ。

ニューラリンクの目的として、脳機能障害の仕組みを理解し治療すること、脳機能を維持および進化させること、そしてより良い未来の実現に貢献することが挙げられている。(ニューラリンクがYouTubeで公開している動画からキャプチャー)
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 前回説明した通り、ニューラリンクでは脳活動計測において単一神経細胞活動をターゲットにする。そしてスパイク活動をリアルタイムでモニターできるようにする。義手や義足のような体を動かす外部デバイス、あるいは車を運転するというような用途では信号遅延は命取りになるので、リアルタイムモニタリングの必然性は明らかだ。当然ながら、信号遅延は短ければ短いほど良いに決まっている。しかし、言うだけなら簡単だが、実現は難しい。

 ニューラリンクの技術開発のゴールは、脳内の広範囲から記録と刺激を並行して行えるクローズドループのシステムを作ることである。これも実は簡単ではない。なぜなら、電気的な刺激を脳内に与えるには、局所に大きな電流を流す必要があるため、刺激期間中の脳活動計測ができなくなるからだ。記録ができないだけではなく、記録用の回路を刺激電流から守るための回路も別途必要になる。

 さらに、刺激による情報伝達の効果は分かっていないことがまだまだ多く、安定的に脳に情報を電気的に与えることは課題が多い。例えば、脳内刺激によって手足の筋肉を動かせる脳部位は分かっているが、視覚野と呼ばれる大脳皮質を刺激したからといって、必ずしも目で物を見るのと同じような視覚情報を感じられるわけではない。刺激しても全く何も感じない人もいるし、「フォスフェン」と呼ばれる擬似的な視覚感覚を感じる人もいる。ただし、色情報はほとんど無いので脳内刺激で画像を見せるというのは相当にハードルが高い。加えて、刺激効果は与える電流量に依存するので、効果が無かった場合の理由が電流量不足なのか、本当に効果が無いのかの見極めが難しいという問題がある。

研究のための研究ではない

 ニューラリンクの定める最終的なゴールは、(1)安全かつ長期間利用可能な方法で読み書きできるニューロンの数を増やすこと、(2)開発の目的は常に臨床応用であること、(3)研究者しか使えないシステムではなく視力矯正手術であるレーシックのように自動的に簡単に使えるシステムであること、の3つだ。

最終的なゴールとして、(1)読み書き可能なニューロンの数を増やすこと、(2)常に臨床応用に向けて開発すること、(3)簡単に使えるシステムにすること、の3つを掲げる。(ニューラリンクがYouTubeで公開している動画からキャプチャー)
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 (1)については、生体内に異物を入れると必ず異物を除去する働きが動き始めるので、一般に長期間の運用が難しい。使い始めたときは1000チャンネルが機能していても、1年後には100チャンネルしか動いていないということはざらにある。そういうことを防ぐために電極は限りなく細く、柔らかいことが望ましいし、電極素材も免疫反応を引き起こさないように生体適合性の高い素材を使う必要がある。人の脳内に入れるのだから、いったん入れたら生涯使えるようにすべきだ。そもそも長期安定性を確保しなければいけないのは当然なのだが、完全埋め込みデバイスを目指すならそれを実現しなければいけないとニューラリンクは考えている。

 (2)については、技術開発は全て人の不自由を無くすことにあって、研究のための研究はしないということである。そして、(3)についてはレーシックのように簡単に操作できるようにするという。これは、「BrainGate」に代表される従来のBMIの仕組みが、研究者がそばにいないと動作しないシステムであることが問題だと指摘している。

 本来、BMIは失われた日常生活を取り戻すための普段使いの技術であるべきだ。研究者が常に操作者としていなければ使えないシステムでは日常生活を取り戻すということにはならない。レーシックを引き合いに出しているのはまさにそこにある。レーシックはほぼ自動的に動く仕組みで、医師が手作業でやることは不可能である。職人技などは必要とされない。ニューラリンクも、いったん脳内に電極とチップを埋め込めば、生涯使えるようなシステムを追求している。

 そのようなシステムの第1弾として、2020年4月に臨床実験を始めるという。チャンネル数は1000で、読み書き可能なクローズドループを実現したもの。最初のバージョンでは、電極、手術用ロボット、記録用の電気回路、解析用のアルゴリズムという4つについて開発に着手した。

開発に着手した4項目(ニューラリンクがYouTubeで公開している動画からキャプチャー)
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電極を脳に埋め込む手術用ロボット(ニューラリンクがYouTubeで公開している動画からキャプチャー)
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完全なクローズドループも可能に

 そもそもBMIは、大ざっぱにいえば、神経細胞活動を記録・解析し、その結果を外部のシステムなどに伝搬し、それに対するフィードバックを脳に返すシステムである。外部のシステムと接続しなくても、脳活動解析結果に基づいて脳を刺激する完全なクローズドループシステムも可能だという。例えば、パーキンソン病の手の振戦(筋肉の収縮と弛緩が繰り返されることで生じる震え)が出たときにだけ刺激をするというような脳内ループで完結する仕組みも当然検討されている。

BMIの概念図(ニューラリンクがYouTubeで公開している動画からキャプチャー)
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 神経細胞活動を記録するニューロンの数とそこから予測される手の動きの精度に関するニューラリンクの調査結果を見ると、一番精度に影響を与える条件は脳の記録部位だった。つまり脳の部位によって持っている情報の質に違いがあることが明らかにされている。身体の動きに関して、一番予測精度が高いのはM1と呼ばれる一次運動野で、その次がSMAと呼ばれる補足運動野だ。

 一方で、記録する細胞の数が増えたからといって精度がうなぎ登りに上がるわけではないことも重要である。ある特定の脳領域が持っている運動関連情報には上限があるからだ。つまり、同じ部位から10倍のニューロンを記録すれば単純に性能が上がるというわけではない。むしろ有益な情報を抽出するには、広範な脳領域から適切な数のニューロン活動を記録する必要があるということになる。1カ所から1000個の記録を取るよりは、10カ所から100個ずつ神経細胞活動を記録する方が多様な情報を得ることができる。

 従来の剣山型電極は、サンプルできる範囲が剣山電極のサイズによって決められていた。いったんインプラントしたら、その決まった範囲の情報しかサンプルできない。大きな血管が脳表にあったら、それを避けるしかないので、その血管の周りから記録できないという制限がある。一方、Neuralinkの電極は刺す(刺入する)部位を自由に選べる。血管があれば、それを避けて電極を刺せばいい。それは電極刺入用のロボットを開発することによって実現された。

低侵襲の電極インプラントをロボットで実現

 実は、脳に電極を刺すことは簡単ではない。特に細い電極を脳に刺すことは困難だ。脳は、外側から硬膜、くも膜、軟膜という3層の膜で保護されている。一番硬いのが名前通り硬膜で、非常に丈夫である。BMIで使われる電極は通常外科的に硬膜を開いた後、くも膜と軟膜を突き通してインプラントされる。

 くも膜と軟膜は透明で比較的薄い膜だが、細い電極を突き刺すときは障害になる。一般に、細い電極を脳に刺す場合は、束にして曲がらないようにするか、ガイドチューブという中空のガイドを使って入れることがほとんどだ。そうしなければ脳に刺せないし、刺そうとすると電極が折れ曲がって使い物にならなくなる。

 ニューラリンクはその代わりに、電極インプラント用のロボットを造った。まるで田植えロボットのように、細い電極を適切な深さに曲がること無く自動的に刺していく。ガイドチューブを使わなくてもきちんとインプラントできるのは電極先端に付いているループのおかげだろう。このループに針を引っ掛けて脳内に埋め込んでいく。実に賢いデザインだと思う。

手術用ロボットの詳細。Aは、針とピンチャーのカートリッジ。Bは、位置センサー。Cは、照明モジュール。Dは、針を動かすリニアモーター。Eは、針が刺さる部分にフォーカスしたカメラ。Fは、手術領域全体を映す広角カメラ。Gは、立体視カメラ。(出所:ニューラリンク)
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Aが針、Bがピンチャー。ピンチャーは、針の軌跡に沿って電極が確実に挿入されるためのガイドとして機能する。(出所:ニューラリンク)
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電極の例。先端にループがあり、ここに針を引っかける。(出所:ニューラリンク)
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 従来は、直視下でインプラントが行われていたため、比較的広い範囲の頭蓋骨を開く必要があった。しかし、ロボットが狭い範囲で、自動的にインプラント作業をしてくれるなら開頭が小さくて済むので手術による侵襲が小さくなる。このロボットのワークスペースがどれぐらいなのかは公開されていないが、彼らが主張する小切開下の狭い空間で作業できるように見える。これは侵襲を減らす意味で非常に良いことだ。ある意味、レーシックと似たコンセプトといえる。ニューラリンクのプレゼンテーションでも手術侵襲の低減は強調されていた。

 さらに、このインプラントロボットは、電極を刺入するだけではなく、脳の拍動や動きをモニターしながらインプラント作業を行う。これによってインプラントの深さ方向の制御がより正確にできるだろう。

 このあたりの制御技術は、レーシックと同じく自動化のメリットだといえるだろう。人間では絶対に不可能な制御なのだ。公開された画像を見ると、全ての電極が同じ深さにインプラントされており、本当に素晴らしいとしかいいようが無い。

脳表にインプラントされた電極。全てが同じ深さに埋められていることが分かる。(ニューラリンクがYouTubeで公開している動画からキャプチャー)
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藤井直敬(ふじい・なおたか)
デジタルハリウッド大学大学院 専任教授
医学博士
ハコスコ 代表取締役
1965年広島生まれ。東北大学医学部卒業。同大大学院にて博士号取得。1998年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)、McGovern Instituteにて研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター象徴概念発達研究チーム副チームリーダー。2008年より同センター適応知性研究チーム・チームリーダー。2014年ハコスコを起業。2018年よりデジタルハリウッド大学大学院教授。主な著書に、『つながる脳』『ソーシャルブレインズ入門』『拡張する脳』など。

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