垂直記録の研究を進める東芝の研究チームでは、ついに、垂直記録を搭載したHDDの試作機が完成。報道関係者向けの技術展示会にも出展し、苦心の末に製品とほぼ同等の信頼性を確保した。いつの間にか、ライバル企業をも上回る性能を実現。いよいよ、決断の時が迫っていた…。

※本記事は、2006年発行の『日経エレクトロニクス』に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

 「垂直は終わったのか? 俺の人生は何だったんだ…」

東芝は2005年6月半ばに、世界で初めて垂直記録方式を採用したHDDを実用化した。1.8インチ型のディスク1枚で容量40Gバイトの「MK4007GAL」(左)、ディスク2枚で容量80Gバイトの「MK8007GAH」(右)。
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 東芝で垂直記録方式を用いたHDDを試作していた下村和人は、深いため息をついた。下村は2004年4月、研究開発部門から離れて製品の設計部に移った。以前の部署と同じフロアだったが、新しい仕事に追われる中で、その後の開発状況を確認する余裕はなかった。異動後の慌ただしさが一段落した2004年夏ごろ、下村は気付いた。東芝社内のどの書類からも「垂直」の文字が忽然と消えているのだ。

 「やっぱりダメだったのか」

 下村は試作の途上で出くわしたさまざまな課題に思いを巡らせた。中には、いまだに考えるだけでも気が重くなるものもある。きっと、あの壁を突き破ることができなかったに違いない。下村と同時期に設計部から研究開発部門に移った山本耕太郎の存在も気になった。実製品を見慣れた設計部の厳しい目で、垂直記録方式の実用化は難しいと断じたのではないか。下村は肩を落とした。

 現実は、下村の予想と正反対だった。下村が知るのは、2.5インチ型でディスク1枚当たり60Gバイトの試作機まで。その後、開発はとんとん拍子に進み、下村が異動してから2カ月後の2004年6月にはディスク1枚で80Gバイトに到達。2004年夏には、2.5インチ型と比べてひと回り小さい1.8インチ型で、40Gバイト/ディスクの試作機を作り上げた。

 機は熟した。2004年夏、東芝はついに決断した。垂直記録方式を1.8インチ型に適用して製品化する。発売は2005年第2四半期。それまでに、北米随一の家電展示会「2005 International CES」が1月、磁気関連技術の国際学会「Intermag 2005」が5月に控えている。万一情報が漏れたら、イベントに合わせてライバル・メーカーが先に製品発表に踏み切るかもしれない。東芝では、厳しいかん口令に加え、社内で「垂直」という文字を使うことさえ禁じるお達しが下った。

 垂直記録方式の代わりに用いた言葉は「新方式」。さすがにこれは関係者の間で不評だった。

 「もっといい名前ないのかな」

 「バレバレだよね」

 下村は、それすら気付かぬほど気が動転していたようだ。

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