日本で発明され、今や世界中の情報通信インフラを支えるエレクトロニクス技術がある。ハード・ディスク装置(HDD)のデータ記録技術「垂直磁気記録(垂直記録)」だ。原理を提唱した人物は、当時東北大学の教授だった岩崎俊一氏(現・東北工業大学 理事長)。1977年のことである。ただ、この発明は、長きにわたって雌伏の時代を過ごす。その間、約30年。日本発の基盤技術となる発明を巡って多くの技術者がぶち当たった壁、それを乗り越えた不屈の情熱を紹介していく。

※本記事は、2006年発行の『日経エレクトロニクス』に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

「Congratulations!」

 2005年4月5日の夕刻。磁気関連技術の国際会議「IEEE International Magnetics Conference(Intermag)2005」が開かれていた名古屋国際会議場の一室は、丁々発止の議論を繰り広げる場に似つかわしくない穏やかな空気に包まれていた。

東芝で垂直記録方式の実用化を推進した田中陽一郎氏。国際会議「Intermag 2005」では「Fundamental features of perpendicular magnetic recording and the design consideration for future portable HDD integration」と題して講演した。(写真:柳生貴也)

 壇上で参加者からの拍手を一身に受けていたのは、東芝の田中陽一郎である。

 同社が発売を数カ月後に控える、世界初の垂直記録方式を用いたHDDに関する発表が終わり、質疑応答に移った時だった。マイクを手に取った英国の研究者が、開口一番、田中へ賞賛の言葉を送ったのだ。

 その言葉に、誰よりも早く垂直記録方式を実用化できた秘密を探ろうと詰め掛けた研究者たちの緊張が一気に解け、どこからともなく笑いと拍手がわき起こった。

 どんな厳しい質問が来るかと身構えていた田中は一瞬面食らったが、いかにも西欧人らしい粋な計らいに胸が熱くなった。会場を包んだ拍手は田中だけでなく、垂直記録方式の研究開発を長期間にわたって粘り強く続けてきた、世界中の研究者たちに向けられているようにも聞こえた。

 2005年6月半ば、東芝はHDDの歴史上初めて垂直記録方式を用いた製品の量産出荷を開始した。容量40Gバイトの1.8インチ型である。面記録密度は133Gビット/(インチ)2と、製品として世界最高注1)。6月下旬には、このHDDを搭載した携帯型音楽プレーヤー「gigabeat F41」を発売した注2)

注1)2005年6月半ばに発売したのは、1.8インチ・ディスク1枚の両面を使って容量を40Gバイトとした「MK4007GAL」である。同社従来品と比べて容量を33%増やした。外形寸法は54mm×78.5mm×5mm、質量は51g。回転速度は4200rpmで、耐衝撃性は動作時で500G(作用時間2ms)、非動作時で1500G(同1ms)。発売に先立つ2004年12月14日に報道発表した。
注2)垂直記録方式を使って従来のHDDと比べディスク枚数を減らしたことで、記録容量が同じ従来機種よりも3mm薄く、10g軽くなった。

面記録密度=単位面積当たりの記録容量。一般には1平方インチ当たりのビット数で表す。このほか、データを記録するトラック上で単位長さ当たりに記録できるビット数を線記録密度、ディスク半径方向の単位長さ当たりに存在するトラック数をトラック密度と呼び、それぞれBPI (bits per inch)、TPI(tracks per inch)で表す。

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