※本記事は、『日経エレクトロニクス』2004年8月2日号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の社名や肩書き、情報は掲載当時のものです。

 カリフォルニアでも冬は寒い。だからDanikaは長袖のシャツを着て、その上にジャケットを羽織った。2003年も終わりに近いある日。細身のDanikaはシリコンバレーの街路を、しなやかに駆け抜けていく。

 厚着をした理由はもう1つある。袖の下に隠した「それ」を、誰かに見られるわけにはいかないのだ。幸い、Danikaの二の腕を心持ち盛り上げたそれに、気付いた者はいなかった。走るうちにDanika自身、腕に巻いたものの存在を忘れた。「そこにあるってことに、ほとんど気付かなくなった。まるで無意識の音楽体験だった」。

 Danika Clearyは、米Apple Computer, Inc.でiPod Product Manager, Worldwide Product Marketingを務める女性である。彼女は、あと一月余りで発表する「iPod mini」の試作機を、特製のアームバンドで腕に着け、ジョギング時の使用感を試していた。この時の経験から、DanikaはiPod miniの成功を確信した。

12カ月で3つのプロジェクト

 Danikaは、2002年7月にiPodの開発チームに加わった。iPodの生みの親の1人、現在はDirector iPod and iSight, Worldwide Product MarketingのStan Ngの配下で、マーケティングを担当する。彼女の話しぶりは他のメンバーとそっくりで、何度も同じ単語を繰り返す。「ワオ」「信じられない」そして「体験」。一緒に働いた密度の濃い時間が、彼女らの口ぶりを似させるのだろう。

 実際2003年は、iPodの開発チームにとって激動の年だった。DanikaによればiPod miniの開発が始まったのは、製品を発表した2004年1月から、およそ1年前に遡る。この1年で彼女らが携わった開発プロジェクトはiPod miniだけではなかった。「私たちは、iPodのすべての製品にかかわった。ものすごい仕事量だったわ。4月に『iTunes Music Store』と第3世代機、10月にはWindows版のiTunesを発表して、1月にiPod miniだったんだから。12カ月もない間に、3つのメジャーなプロジェクトをこなさなきゃならなかった。強烈でエキサイティングな一年だった」(Danika)。

 Danikaに「寝る時間はあったの?」と聞くと、「発表会の合間、飛行機で移動中にね」と冗談めかして返ってきた。

取りこぼしてきた層を開拓

 わずか1年半ほど前のことなのに、Danikaの記憶は曖昧だ。iPod miniの開発に先立つ市場調査に要した期間は「3カ月から半年くらい」(Danika)と幅がある。「あれほど激しく仕事したら、時間の感覚だっておかしくなるわ」。

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 Danikaらの調査によれば、2002年末ごろ携帯型音楽プレーヤの市場は急激に拡大していた。先進ユーザーは、2台目、3台目の購入を検討する段階にあった。当時のiPodのシェアはおよそ30%。ところが、それとほぼ同じシェアを占める製品群があった。「フラッシュ・メモリ・ベースのプレーヤが30%もあった。何であんなの買うのかしら。ユーザーに妥協を強いるのに」(Danika)。

 Danikaがこう表現する疑問が、iPod miniの出発点だった。そもそも初代のiPodの誕生を促したのは、フラッシュEEPROMを使う音楽プレーヤに対するユーザーの不満を解消することだった。限られたメモリ容量、聴きたい曲を移し替える手間、複雑な操作性などである。こうした弱点を備えた携帯型音楽プレーヤが、iPodが登場した後も売れ続ける理由を、Apple社は探った。答えは単純だった。大きさ、重さ、値段である。特に、運動中やアウトドアで音楽を聴くユーザーにとって、iPodのようなハード・ディスク装置(HDD)を使った携帯型音楽プレーヤは大きく、重すぎた。

 開発陣の目標は、おのずと定まった。「もっと小さく、軽く、お手ごろ価格の製品を作って、半導体プレーヤのユーザーにも、iPodの『体験』を提供すればいい。iPodの使いやすさをそのままに、Appleの設計力を駆使してね」(Danika)。

 Apple社はこの方向を突き詰めれば、既存のiPodが取りこぼしてきた幅広いユーザー層を開拓できると読んだ。アウトドア派やエクササイズに熱中する人たちだけでなく、ファッションに敏感な男女、そして子供だ。「これまでとは違うユーザーにも魅力があるように、ファッショナブルでイケてる、若者向けの製品に仕上げようって思ったの」(Danika)。

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