※本記事は、『日経エレクトロニクス』2004年6月7日号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の社名や肩書き、情報は掲載当時のものです。

 2001年春のシリコンバレーはどん底だった。2001年3月12日付のNASDAQ総合株価指数は1923。ほんの1年前に記録した過去最高の5048と比べ、実に61.9%も下落した。いわゆるITバブルの崩壊である。インターネットが見せたニュー・エコノミーの夢は、シャボン玉のようにはじけて消えた。昨日までの花形企業をレイオフが席巻し、閉ざしたドアが二度と開かないオフィスもあった。

確信はなかった

 米Apple Computer, Inc.が、携帯型デジタル音楽プレーヤの開発を決めたのは、そんな最悪の時期だった。自社の屋台骨が揺らごうかという時に、全く経験のない分野に、相当な量の経営資源を割こうというのだ。わずか2人の社員が、2カ月間市場を調べただけで。

(写真:Akiko Nabeshima)
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 Apple社のギャンブルは、それだけではなかった。同じ年のクリスマスに商品を出荷するという。2人が調査を始めてから数えても、9カ月余りである。電子機器の分解調査を手掛け、「iPod」を解体したこともある米Portelligent, Inc.のCEO、Dave Careyは、感心したそぶりでこう評した。「9カ月とは、随分アグレッシブなスケジュールだね」。

 Apple社としては、クリスマス・シーズンを逃すわけにはいかなかった。同社の調べによれば、デジタル音楽プレーヤの売れ行きは12月をピークに急峻な山を描く。あたかも、北米中部の大平原がロッキー山脈にぶつかって、いきなり隆起するように。

 果たしてこれをなし得るのか、Apple社の中でも確信はなかったという。iPodのプロジェクトを統括し、現在はVice President of Hardware Product MarketingのGreg Joswiak―通称Joz―は、当時の胸の内を明かす。「もちろんクリスマスに間に合えば最高だ。でも、本当にできるのか、正直言って分からなかった。自分は不可能なことを要求しているんじゃないかと思った」。

(写真の出所:アップル)

 プロジェクトを立ち上げた当人の意見は少し違う。2人のうちの1人、現在はDirector, iPod and iSight, Worldwide Product MarketingのStan Ngはこう振り返る。「何しろプロジェクトに相当入れ込んでたからね。間に合わないなんて、ちっとも思わなかったな」。2人の頭には、ただひたすら走り続けることしかなかった。まるで虎の尾を踏んでしまったようなものだ。「ものすごい量の仕事が押し寄せてきた。何もかもを同時にこなさなきゃならなかった。デザインを30分考えて、製品コンセプトを30分考えて、同時にベンダーと打ち合わせて、みたいな」(Stan)。

あらゆる部門の力を借りた

 開発プロジェクトが発足して最初の仕事は、必要な人材をかき集めることだった。製品のコンセプトを固めた2人は、製品の細部を詰める作業の合間に、社内外の人材を当たった。

 Apple社は、当初からStanとタッグを組んだ技術者の名前を公にしていない。最近になって、それとおぼしき人物が米国のマスコミに取りざたされた。米New York Times紙が2004年4月25日付の記事で紹介したTony Fadellである。

 彼を紹介するWWWサイト(編注:現在は閲覧できない)によれば、TonyはオランダRoyal Philips Electronics社の米国法人や米General Magic, Inc.で、ハードウエア設計やソフトウエア開発の経験を積んだ。2001年2月にApple社と契約を結び、4月までの2カ月間、民生用デジタル・オーディオ機器の戦略策定に従事。4月以降は、iPodや他のプロジェクトのSenior Directorを務めてきたという。このWWWサイトによると、TonyはApple社だけでなくPhilips社やGeneral Magic社、工業デザインを手掛けるIDEO社などの出身者から成る35人の技術者のチームを、2002年5月までの間に結成した。Tonyは、このサイトが紹介する彼の当時の経歴は事実だと認めている。

 Apple社は、iPodの開発に携わった人数を正確には把握できないと主張する。「iPod専任で新たに雇った技術者もいたけど、ほかにも社内のたくさんの人材がかかわった。中核のメンバーは数十人だと思うが、ちょっとでも関係した人まで挙げれば数百人になるだろう。Appleには、1000人を超えるハードウエア技術者がいるし、1000人以上のソフトウエア技術者もいる。そのうち特定の製品に専念しているのは一握りなんだ。残りは、必要に応じていろんなプロジェクトに携わる」(Joz)。

 「僕らは、Appleのあらゆる部門の力を借りた。CADの担当者、デザイナー、ソフトウエア開発者…。Appleの全部の引き出しを開けて、必要な人材を引き込んだのさ。iPodのプロジェクトは、ベンチャー企業の立ち上げみたいだった。でも、本当のベンチャーだったら、こんな短い時間でiPodを作れなかっただろうね。全社の助けがあったからこそできたんだ」(Stan)。

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