もう1つ、エピソードの紹介です。私は2009年に営業本部長になり、営業関連のさまざまな施策を実施しました。その1つに2010年に「Inspiration of JAPAN」という新しいブランドコンセプトを打ち出し、それに合わせて新しいサービスを展開することにしました。ビジネスクラスの座席をフルフラットとし、さらに日本で初めてスタッガードシートと呼ばれる千鳥配置にして、トイレに行くときに隣の方をまたがなくて済むようにして好評をいただいたりしました。

 そうした取り組みの一環で、機内食についてお客さまにアンケートを取りました。それまではコースメニューが主流だったのですが、「好きなものを好きなときに食べたい」というご意見をいただいたのです。それを踏まえてアラカルトメニューにしようということになりました。それもお客さまの目の前にあるシートテレビの画面をタッチ操作して注文できるようにしました。導入したのは2010年のゴールデンウイークです。一般に新サービスは恐る恐る1路線ずつやっていくのですが、このときは全世界一斉に導入しました。さて、その結果どうなったでしょうか。

 搭乗したお客さまは思い思いの時間に食事を注文するだろうとの予想に反し、ほぼ全員が離陸してすぐにタッチパネルでオーダーを始めたのです。多数のお客さまが一斉に機内エンターテインメントシステムの画面をタッチ操作すると、負荷がかかりレスポンスが悪くなりました。それによりオーダーまでに時間がかかってしまいました。当然、オーダーを受けて準備する客室乗務員もてんてこ舞いです。

 現場からの第一報を受けて、私もニューヨーク便に単身乗り込み機内の惨状を目の当たりにしました。ニューヨークに着いて客室乗務員と反省会をしましたら、反省会というよりは、泣かれて、怒られて糾弾されました。帰りのフライトで「これはやめよう」とその場で決めて元のコースメニューに戻そうとしましたが、戻すのにも2カ月くらいかかるのです。これは大変苦労しました。チャレンジには苦悩が伴うということです。

(撮影:井上 裕康)
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 さて、極め付きのエピソードとして、当社の国際線は進出以来17年間赤字だったことをお話ししたいと思います。1986年に悲願の国際定期便に進出しまして、グアム、ロサンゼルス、ワシントンに就航しています。国内線しか知らない会社が後発で国際線の世界に進出しましたので、多くのハンディがありました。例えば発着の時間がそろわない、予約のシステムが古いといったことです。多大な苦労があり、しかも国際線は17年間赤字でしたので、社内では「やめるべきだ」という撤退論が何度か出ていました。

 私自身も国際線の分野で働くことが多かったのですが、国際線というのは国内と違い機内食を出す必要がありますし、機内も国内線の2クラスに対し国際線は最大4クラスもあるためさまざまなコストがかかります。

 ただ、国際線に進出した当時の中村大造から進出17年目の大橋洋治まで、5人の社長で「国際線をやめる」と言った人は1人もいなかったのはラッキーだったと思います。今は訪日外国人も多くなっており、ANAグループの中で国際線が成長のドライバーになっています。昨今、企業の短期の業績ばかりを見て、株主資本利益率(ROE)などが悪いと経営者を代えるといった風潮がありますが、当社の歴史においては国際線が赤字であっても17年間飛ばし続けてきてよかったと思います。当社には、こうした挑戦をする風土があるように思います。

後半へ続く――。

日経BPが2019年7月に開催したIT関連イベント「IT Japan 2019」における基調講演を基に構成しました。
■変更履歴
公開当初、グループの格安航空会社(LCC)について「2社を今年中に統合し」としていましたが、「2社を今年度中に統合し」の誤りでした。おわびして訂正します。本文は修正済みです。[2019/08/09 17:30]