「早稲田大学37号館 早稲田アリーナ」は、旧「37号館 記念会堂」の老朽化を契機に計画された、多機能型スポーツアリーナを中心にラーニングコモンズ、スポーツミュージアムなどを内包する複合施設である。

敷地を北東から見る。「37号館 早稲田アリーナ」を囲むように南側、西側に別棟が並ぶ(写真:新建築社写真部)
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アリーナの屋上部分に設けた「戸山の丘」を見下ろす(写真:新建築社写真部)
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 前身となる記念会堂は、1964年の東京オリンピックでフェンシングの競技会場となったほか、卒業式・入学式・早稲田祭などの会場としても利用される、早稲田大学にとっては大隈講堂に次ぐシンボル性の高い施設であった。

 早稲田アリーナの位置する戸山キャンパスは、村野藤吾氏の設計による校舎群が1962年に完成することで現在の骨格がつくり出された。その後、教育環境のさらなる改善を目的に更新が重ねられている。

建物の大半を地下へ

 2006年3月に施行された新宿区の絶対高さ制限は、キャンパスの更新に大きな影響を与えている。14年に竣工した33号館の建設に際して絶対高さ制限の特例を受けることとなり、建蔽率が法定の60%から10%を減じた50%となった。

 通常の校舎などであれば、フットプリント(平面)を抑え、高層化することで床面積を確保することもできるが、今回のようなスポーツアリーナを主体とする施設の場合、機能特性上、フットプリントを小さくすることは難しい。この課題を解決するため、建物の大半を地下に埋設し、建築面積を抑制しながら地下に大きな床面積を確保することとした。

地上と地下のアリーナをつなぐ大階段(写真:水越 英一郎)
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 このような計画条件の下、私たちは、次世代の大学キャンパスがどのような役割を果たすのか、そしてシンボルとしての大学建築はどのようにあるべきなのかについて考えた。

 この十数年でIoT(モノのインターネット)やSNS(交流サイト)技術は飛躍的に発展し、人と人、人とモノ・コトの関係は革新的な変化を遂げた。このような時代において大学キャンパスには、時間と場所を共有する、地域・社会に開かれた「フェース・ツー・フェース」の交流や新たな活動の拠点としての役割が期待される。そして、そのシンボル性はもはや表層的・形態的なものではなく、そこに立ち現れる風景や環境を通して表現される理念のようなものではないかと考えた。

 周囲に目を向けると、西に尾張藩徳川家の下屋敷や回遊式庭園「戸山山荘」としても利用された戸山公園、北に穴八幡宮や放生寺など、歴史の痕跡が今も残されている。また広域的に見ると、敷地は神田川流域沿いの肥後細川庭園、椿山荘を起点に早稲田キャンパスを経由し、東京西部の緑が色濃く残る地域と都心をつなぐ中継点に位置していることが分かる。

 敷地周辺の時間経過や環境の変化を注意深く観察しながら、この場所が持つ意味を考えるとともに、新たに建築をつくることで、その意味を顕在化させ、歴史・人・地域・地球環境をつなぎ合わせるランドスケープアーキテクチャーを実現することが早稲田大学の次世代の象徴にふさわしいと考えた。

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