音声合成技術の進化が目覚ましい。人間に近い“自然な発話”が可能になったことで、用途が急速に広がった。歌声合成技術や声質変換技術といった派生技術も実用化に向けた動きが進んでいる。

今の音声合成技術では、声優などによる良質な収録音声が欠かせない。声をなりわいとする声優からすると、音声合成技術の普及は声優から「仕事を奪う」リスク要因ともいえる。にもかかわらず、音声合成技術の活用に積極的なのが大手声優事務所の81プロデュースだ。その狙いについて、同社代表取締役社長の南沢道義氏に聞いた。(聞き手は高野 敦、東 将大=日経 xTECH)

なぜ音声合成技術の活用に積極的なのですか。

南沢道義(みなみさわ・みちよし)
数多くの人気声優や実力派・ベテラン声優が所属する81プロデュース、およびアニメ関連の音響制作や外国映画の日本語版制作を手掛けるハーフ・エイチ・ピー・スタジオの代表を務め、多方面から声優、俳優を支援する。さらに、一般社団法人デジタルボイスパレット、一般社団法人国際声優育成協会、一般社団法人声優Jrバスケ3×3の理事長としても業界の発展に寄与している。(写真:加藤 康)

南沢 もう4、5年前だと思いますが、音声合成技術を手掛けている東芝さんから、「開発中の音声を聞いてほしい」と依頼がありました。それで先方に伺ってサンプルボイスを聞き、とても驚きました。もちろん、そういう技術があることは認識していましたが、実際に聞いてみたらこの仕組みはすごいと思いました。エンターテインメントの将来とか、声優さんの活動とか、いろいろなことが頭の中でごちゃ混ぜになりました。

 私が聞いたのは、ある海外の著名人のスピーチを日本語に変換したものです。元は英語のスピーチを、(日本語をほとんど話せない)本人が日本語で話しているかのように加工していました。しかもバリエーションが豊富で、関西弁にもなります。ちょっとPCを操作するだけで音声を簡単に変換できることにカルチャーショックを覚えました。

 同じエンタメでも、映像の世界ではモーションキャプチャーなどの合成技術が当たり前に使われています。しかし、音声だけはすごく遅れていましたし、私自身もそう感じていました。ビジネスパートナーの皆さんから、「(映像は進んでいるけど)音声はどこに向かっているんですか」とよく聞かれていましたので。

 我々は従来、外国映画の吹き替えやアニメーション、ゲーム、ラジオドラマ、人形劇など、「音声の芝居を提供する」ことを仕事にしてきました。しかし、東芝さんの音声合成技術を知ってからは、それ以外のことも求められる時代になったんだなという印象を持ちました。

 それからしばらくして、電通さんからも音声合成技術のプロジェクトが持ち込まれました。なかなか話が進まない時期もあったんですが、やっぱり進めましょうという議論をして、音声合成技術の活用を目指す一般社団法人「デジタルボイスパレット」を設立しました。

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音声合成技術は、声をなりわいにしている声優や声優事務所にとっては、チャンスでもありリスクでもあると思います。それぞれの側面をどう見ていますか。

南沢 まず申し上げておきたいのは、我々の業界にはいわゆる4団体(日本俳優連合、日本音楽制作者連盟、日本芸能マネージメント事業者協会、日本声優事業社協議会)で作られたルールがあります。外国映画とアニメにおける声優さんの出演に関しては、大きな取り決めが存在します。このルールに基づくと、それらにおいて合成音声でのアフレコ(完成映像に合わせて録音すること)はあり得ません。音声合成技術を活用して外国映画やアニメのアフレコをやりましょうということでは決してありません。

 ですが、4団体の協約以外なら合成音声で良さそうな分野はあると思います。声優さんが提供するのは要するに日本語です。この日本語を提供するというビジネスが変化していくだろうというのは容易に想像できます。例えば、スマートフォンアプリやカーナビ、医療などが挙げられます。いわゆる協約に抵触するものでなければ、基本的に音声合成技術の活用をどんどん進めるべきだと私は考えています。

 あと、何よりも大きなテーマは物故者です。亡くなった方の声をよみがえらせたいという思いがあります。

最近では歌手の美空ひばりさんを人工知能(AI)で再現するというプロジェクトがありました(NHKが2019年9月に放映した「AIでよみがえる美空ひばり」)。

南沢 そうですね。AIひばりさんは感動しました。あそこまで技術が進化したんだなと。

 あれは単純にご本人を再現して楽しんでいるだけではなく、いろいろな方の人生に触れています。作詞や作曲、衣装を手掛けた方や、ファンの方々。同じ時代を共有した人の思いが、あのAIひばりさんに詰まっていました。開発も大変だったでしょうけれど、商品としての魅力も間違いなくありました。まだまだ精度を高めていく必要はあると思いますが、音声だけに限っていえば「あり」だなとすごく感じました。

 だからこそ、我々も大平透さんや野沢那智さんといった、長年お世話になった先輩たちの声をもう一度よみがえらせたいと思います。大平さんには(生前に音声合成用の収録をするという)了解をいただいていたんですが、残念ながら途中で病気になられてしまって、収録することができませんでした。音声合成用の収録は、所定の文章を読み込んでいただく必要があるので、それが間に合わなかったことは悔やまれます。

それでは、大平さんの合成音声を使った「ハクション大魔王」の時報はどう実現したのでしょうか(デジタルボイスパレットの取り組みの一環として、ハクション大魔王のアニメでハクション大魔王の声を担当していた大平氏の合成音声を作成。ニッポン放送のラジオ時報として活用された)

南沢 昔放送したアニメから作りました。ただ、50年前のものですから劣化が激しく、限界の中での挑戦でしたが、よくできたなと思います。

 それから、当社には松来未祐という人気声優さんがいましたが、人気の頂点という時に難病で38歳という若さで亡くなりました。彼女が出演していたインターネットラジオ番組では、仲間たちがまたやろうと復帰を待っていたのですが、最終的に「これは彼女と一緒にやってきた番組だから」ということで放送を終了したんです。だけど、私は様々な問題があるとは思いますが、ご両親の許諾をいただけて、きちんとした素材がそろえば、彼女たちの声を何らかの方法でもう一度届けたいと思っています。

 その点でも、AIひばりの新曲プロジェクトは素晴らしいメッセージをAIに語らせたなと。ひばりさんが生きていればそう言うんじゃないかなと思いましたから。そういうのを我々はやっぱり背負っている気がします。