各種ディスプレーへの搭載が進むIGZO-TFTや、電気を通すセメント、鉄系超電導体など、常識を覆す新材料を開発し続ける細野秀雄氏。その独創性が評価されて2016年の「日本国際賞」*1を受賞した。「新しい発見や発明は『端っこ』や『境界』にある。(それを捉えるには)相談する相手もいない、周囲からも評価されない孤独と付き合う」ことが必要。細野氏はフロンティアを切り開く気構えをこう強調する。(聞き手は髙田憲一=ジャーナリスト)

*1 日本国際賞は科学技術の進歩に寄与し、人類の平和と反映に大きく貢献した科学技術者を顕彰するもので、1985年に創設された。ノーベル賞受賞前に同賞を受賞した人も少なくない。2016年は細野氏の他、米コーネル大学名誉教授のSteven D.Tanksley氏が受賞した。

※本記事は、『日経ものづくり』2016年6月号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

 「ここは君のようなガラス屋が来る所じゃない」。1990年代半ば、ある半導体の国際会議に参加した時、投げつけられた言葉です。冷ややかな口調でした。

細野秀雄(ほその・ひでお)
東京工業大学 元素戦略研究センター長。1953 年9月生まれ。1982年東京都立大学大学院工学研究科博士課程修了。同年名古屋工業大学工学部助手に。米Vanderbilt University博士研究員を経て、1990 年名古屋工業大学工学部助教授。1993年東京工業大学工業材料研究所助教授。岡崎国立共同研究機構分子科学研究所助教授などを経て、1999年に東京工業大学応用セラミックス研究所教授。2016 年4月に同大学科学技術創成研究院教授に。2012年からは同大学元素戦略研究センター長も務める。紫綬褒章、応用物理学会業績賞、仁科記念賞、日本化学会賞、日本国際賞、Otto-Schott Research Awardなど受賞多数。(写真:栗原克己)

 当時はアモルファスシリコンの全盛期で、発表も大半がアモルファス(非晶質)シリコンに関するものでした。そのため、「酸化物(ガラス)で半導体の研究をするなんて、何を考えているんだ」と思われたのかもしれません。これには少し唖然(あぜん)としましたが、別に気にはなりませんでした。なぜなら、アモルファスシリコンの優れた性質を最初に見いだしたのは英国の研究者で、ガラス屋云々と言った人ではなかったからです。「アモルファスシリコンは、あなたのオリジナルではない」と思っていましたから。

シリコンは銀座、酸化物は端っこ

 その時の研究を発展させて創り上げた「IGZO(イグゾー)-TFT」は、各種ディスプレーへの採用が進んでいます。市場規模でも、そのうちにアモルファスシリコンを逆転するはずです。IGZO-TFTは透明であることに加え、電子移動度が高いので高解像度に対応しやすい、低コストで大型化が容易という特徴があるので、特に大型のディスプレーに向きます。

 私たちがこうした特徴を見つけ出し、半導体にまで造り込みました。IGZO-TFTは、In(インジウム)-Ga(ガリウム)-Zn(亜鉛)-O(酸素)から成るガラスのようなアモルファス酸化物半導体です。シリコンは全く含んでいません。私たちが研究を始めた1990年代には、ガラスが半導体として実用化できると考えていた人は皆無に近かったと思います。

 最初に話したように、当時はシリコンが中心にドカッと座っていたのです。例えて言うと、シリコンは銀座。通りの1本1本に名前が付いていて、番地もはっきりしている。有名店もたくさんある。つまり、学問体系も明確になっている。

 そのため、研究すべきテーマがたくさんありました。1940年代に半導体がゲルマニウムからシリコンに代わって以来、研究がどんどん進み、あまりにもうまくいったのでシリコン以外の半導体を考える人が非常に少なくなりました。シリコンを中心とすれば、私たちのガラス系アモルファス酸化物は端っこの材料でした。

 でもね、独創的な発見や発明は「端っこ」や「境界」にあると僕は思うんです。これはたぶん間違いない。もともとフロンティアは辺境という意味でしょう。大勢が集まって研究しているところはフロンティアではありません。僕らがやってきたのは全部端っこ。 メーンストリートはやったことがない。

 よく考えてみると、シリコンではできないことや苦手なことがやっぱりあるんですね。シリコンが万能なんてあり得ない。その点、酸化物の半導体にはさまざまな物質系がある上に構造も多様なので、新しい機能が見つかるポテンシャルがあると考えました。しかし、確信はありませんでした。正直に言うと、今のようなメジャーな材料にまでなるとは思っていませんでした。酸化物を使えば、人まねではない研究ができるし、自分たちの研究チームくらいなら、何とか食えるだろうと。

 私たちの研究成果の中で、IGZO-TFT、電気を通すセメント、鉄酸化物系超電導体が注目されることが多いのですが、「これほど異なる分野をよく研究できますね」と言われることがあります。これら3つの分野には、シンプルな共通点があります1)。いずれも対象が酸化物であること、そしてその酸化物の中で電子をいかにして動かすかがポイントだということです。全ての研究の主役は固体の中の電子です。

 私たちがよくやるのは電子のドーピングです。物質系や構造が多様な酸化物に電子をドーピングするというアプローチは、化学と物理の境界に位置する手法です。このドーピングによって、これまで知られていない酸化物の不思議な性質を引き出すことができました。

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