「協生農法」や直流を使った分散型の電力供給システムなど、独創的な技術で社会問題の解決を目指すソニーコンピュータサイエンス研究所。所長を務め、研究者としても著名な北野氏は、世の中の大問題に挑む事業になれば、ソニーほどの大企業は必ずビジネスにつなげられると見る。同所が手掛ける基礎研究の事業化への道筋と、研究者として注力する次の課題を聞いた。(聞き手は日経 xTECH/日経エレクトロニクス)

※本記事は、『日経エレクトロニクス』2016年3月号に掲載された記事を再構成・転載したものです。記事中の肩書きや情報は掲載当時のものです。

北野 宏明(きたの・ひろあき)
1984年、国際基督教大学卒業。1991年、京都大学博士号(工学)取得。1993年、ソニーコンピュータサイエンス研究所入社。2011年、同代表取締役社長。2001年4月、特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構を設立、会長を務める。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。専門は計算生物学、人工知能、ロボティクス。(写真:加藤 康)

「協生農法」と呼ぶ独自の農法に取り組んできた経緯は。

 (ソニーCSL アソシエートリサーチャーの)舩橋(真俊氏)がやりたいと言ってきたことがはじまりです。彼はもともと東大の合原(一幸)先生のところで修士のときに複雑系の科学を学び、その後、仏エコールポリテクニク大学院で物理学のドクターを取得。ちょうどその頃、我々のパリ(Sony Computer Science Laboratory Paris)のオープンハウスに来たのかな――それが最初だよね、確か。その後、連絡があって、CSLに参加したいと言ってきた。ベルギーに出張に行ってパリに戻るときに、パリのGare du Nord(北駅)の近くのタイレストランで話を聞いた。それで面白く、これは可能性があるかなということで、(ソニーCSLに)入ってもらいました。そのときに複雑系と農業という話はもうしていて、彼の興味はそこに集中していたので、当時から協生農法のアイデアはあったと思いますね。

当時は他にも農業の研究はやられていたんですか。

 吉田かおるというメンバーがいて、彼女は農業ではないのだけど、植物とか、環境とか、作物がどういう状況でどういう植生になるかとか、そういう研究を少しやっていました。水耕栽培みたいなものだったり、部屋の中の小さいスケールでずっとやっていたので、農業の研究というよりは、植物の生体反応みたいな研究、ゲノムとか、そういうアプローチで。そういう意味では舩橋は畑を借りて、農地を借りて、協力農家がいてそれなりの規模でやっているので、全然スケールが違う話です。

研究者の採用や研究テーマは、北野さんが面白いと思ったらすぐに決まるんですか。

 そうですね。実際には、時間をかける場合と、即決の場合がありますけどね。舩橋の場合は、ほぼ即決でしたね。(判断の基準は)世の中で非常に重要な問題に対して、ディスラプティブ(破壊的)なソリューションで、ほとんどゲームチェンジャー的なアイデアがあって、本人がそれを実行できるかどうかですね。

 アイデアがあっても実行できない人が多いんですよ。実行できないと話にならないので。彼は自分でどんどん進めていくタイプなので、どちらかというと羽交い締めにして、「ちょっと待て」と止めることもしばしばあります。

農業の研究がソニーの事業に貢献するかどうかは、特に考慮しなかった?

 現在、農業はソニーの事業領域ではないので、現時点で直接のビジネス貢献はないですね。ソニーにはイメージセンサー(撮像素子)とかデジタルイメージングとか、(農業にも活用できる)デバイスとかセンサー類があるから、それを使うという意味では(事業への貢献は)当然あり得るとは思いますが、もうちょっと大きなスパンやレンジの中での話だと思っています。

 たぶんあと5年以内には少し何か始められるだろうし、10年たつともうちょっとスケールの大きな話になると思います。やはり10年から15年ぐらいは見ないと。全然人がやってないような農法を、かなり基礎研究的なところから世の中に広がっていくまでには、やはり(時間が)かかりますよね。

事業化する際にはソニーが手掛けることになるんですか。

 その時点でソニー本体が直接やるかもしれないし、ここ(ソニーCSL)からのスピンオフという形で資本を入れてやるということも十分あり得るでしょう。(ソニーCSLのメンバーが設立し屋内測位技術などを手掛ける)クウジットみたいなケースもあるし、(同様に設立され教育サービスを提供する)ソニー・グローバルエデュケーションも、ここでやったアクティビティーから発足していて、同様の展開になることはあり得ますね。

 また、事業にならないと継続していくのが難しくなっていきます。永遠に研究を続けるだけだと、どんどん深くは掘れていくけど、誰のために役に立つのかわからなくなってしまうことが多い。それと、研究にとどまっていると、スケール的に限定されてしまう。より多くの人が恩恵を受ける、または地球のいろいろな問題を解決するというのは、事業ベースにしないと難しいし、そのスケールになって初めて分かってくる研究課題もある。

 ただ、協生農法を事業化するのは相当難しいです。非常に有望だけど、かなり工夫もいると思います。アイデアはもちろんいろいろあるのだけど、相当な試行錯誤は見込む必要がある。

 しかし、研究の進展は早いですね。この1年間だってずいぶんいろいろな新しいことが出てきているし。ただ、延々やっているとやはりいつまでも事業化できないので、どこかで事業化する展開は必要でしょう。研究を継続しつつ、事業になりそうなところから切り出していく。

 最初のスケールは小さいかもしれないけど、とてつもなく大きくなる可能性がある。小さくてもいいからしっかりした事業化ができるものが生み出せれば、どんどん切り出していく。それによってもっと真剣なフィードバックがかかっていきますから、そのサイクルをうまく回していくことを、どのタイミングでどういうふうにスタートするかが1つのポイントだと思います。

ソニーCSLでは、研究者との契約を毎年更新するような形で研究を進めていると聞きますが、何年後に実用化といったゴールを設定するわけではなく、状況を見ながら徐々に進めていくのでしょうか。

 いや、やはりどのぐらいの時間軸でというのは、何となく心づもりがないと(ダメですね)。ただ今年どうで、来年どうとか、目先のことばかりやっていると大きくなりませんから。だいたいの議論はしますが、それを書き起こして、これが約束事とか、それはやらないです。状況は変わりますからね。早くなるかもしれないし、新たな発見があると、もっと時間がかかるという話にもなりかねない。方向転換した方がいいと分かったら、躊躇なく変えた方がいい。コミットメント仕立てにすると、それに縛られ始めてしまうので、本末転倒なのですよ。本当にやるべきことではなくて、紙に書いたことをやることが目的化してしまうので、それはやらないです。

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