AIが普及していく中、人はAI時代をどう生きて、AIとどう付き合っていけばよいか。その答えを示す1冊が『天然知能』(講談社)だ。著者の早稲田大学の郡司ペギオ幸夫基幹理工学部表現工学科教授はAIと人が役割を分担していくことなどを提案する。

 AI(人工知能)は評価や比較ができる物事だけを扱ってどっちがいいかを決めるもの、評価できないものは存在しないとみなすものだと思います。役に立ちそうなものだけを考えて、役に立たないものは一切関知しないとも言えそうです。

早稲田大学の郡司ペギオ幸夫基幹理工学部表現工学科教授
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 一方、著書で示した「天然知能」は見たり感じたりできないものの集まりである「外部」が存在するとみなしたうえで、外部からやってきたものを受け入れて、物事を理解したり、考えたりする知能です。人は普通、自分が想定したり言葉で表現したりできる物事について、理解したり考えたりしますが、天然知能はそれに加えて知覚できないような外部も受け入れる点に特徴があります。

AIのような考え方が社会に広がる

 天然知能を考え出して本を書いたのは、AIのような考え方が社会に広がってきているからです。成績や学歴だけを評価して比べる学歴社会がそうですし、「役に立たない人はいらない」といった考えから犯罪も起こっています。それなのにAIのような考え方がスマートでいいものだとほとんどの人が受け入れてしまっている。それに対して物申したいと思いました。

『天然知能』(郡司ペギオ幸夫著、講談社)
(出所:講談社)
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 しかし物を申すに当たって「物事を分類して理解していく自然知能とAI」など、すでにある2つの概念を対立させて考えるだけでは、この問題ははっきりしないと感じました。そこで思いついたのが新しい「天然知能」です。スマートさがなくばかっぽさがにじむ「天然」というキーワードを加えました。

 見たり感じたりできない外部が大事だと気付いたのは、生物の実験を通してです。目に見えたり感じられたりする知覚できるものを準備して実験に臨みますが、それだけで生物を生きながらえさせるのはとても難しいのです。

 生物が生きながらえるためには、知覚できない外部が生物の中に入り込んできているからではないか。入り込んでくると生物にエラーを引き起こすもののように見えても、実はそれが生物にとって必要なエラーになっているのではないか──。こうした知覚できない外部を考慮することは、物事を捉えるときにも同じく大切だと考えるようになりました。

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