現在、自動車産業の変革を突き動かしている要因の1つは、「内燃機関」という確立された技術体系をいつまで維持するのかという問題である。自動車メーカーは、内燃機関車の継続か電気自動車(EV)への転換かという難しい経営判断を迫られている。内燃機関車を一体いつまで続け、どの時点で技術体系を転換するのか、さらに2つの技術選択肢の間で経営資源をどのように配分するのかという課題である。

 「T型フォード」によって自動車産業が誕生して以来、内燃機関の体系下で技術を磨き上げてきた自動車メーカーは、これほどの大きな経営判断を経験したことがない。しかし歴史を振り返ると、今から約40年前、既に同様の経営判断を経験して乗り越えた企業と産業がある。富士通から分離独立したファナックが、米インテル(Intel)のマイクロプロセッサー(MPU)をいち早くNC(数値制御)装置に採用して技術体系を大きく変えたという経験である。これによって日本の工作機械産業は一躍世界の先頭に躍り出た。

 当時の技術動向とファナックが行ったマネジメントの概要を説明しよう(詳細は拙著『日本のものづくりを支えた ファナックとインテルの戦略』(光文社新書)を参照)。

MPUの採用は大きな技術体系の転換

 まず、MPUの採用がどのような技術的意味合いを持つのか、少し説明が必要だろう。

 コンピューター技術とNC技術の出合いは、タイミングは別として、NC装置の特性を考えると何ら不思議ではない。なぜなら、NC装置は加工物に関する加工情報から、工具の軌跡や速度に関する切れ目のない数値データを作成し、それをモーターに伝えることで工作機械を制御するのだが、そのためにはコンピューター同様の論理演算機能を必要とするからである。

NC工作機械における情報の流れ
(筆者作成)
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 MPUの登場以前は、トランジスタやダイオードなど、いわゆるハードワイヤード技術を使って論理演算処理を行っていた。従ってMPUの採用以前は、NC装置は大掛かりなものにならざるを得なかった。しかも機能の追加や変更に際しては、その度にハードウエアを変更しなければならず、拡張性と柔軟性に欠けていた。

 この論理演算処理をMPUで行うようにしたのが、CNC(コンピューターによる数値制御)である。MPUとはソフトウエアで制御される半導体デバイスであり、ソフトウエアを変更することでさまざまな機能を実現できる汎用小型コンピューターのようなものである。機能の追加や変更は、ハードウエアを変更することなくソフトウエアの変更だけで可能になるので、拡張性と柔軟性に優れていた。MPUを採用することは、制御の担い手が従来のハードウエアからソフトウエアにシフトすることを意味し、制御論理をソフトウエアで実行する必要がある。その意味で大きな技術体系の転換を意味した。

 1975年、ファナックはインテルのMPU「3000」シリーズを内蔵したCNC装置「2000C」を世界で初めて開発した。当時のファナックは、ハードワイヤード技術を中心としたNC装置で高いシェアを維持していた。にもかかわらず、ファナックは世界で初めてMPUをCNC装置に採用したのである。インテルが世界初のMPU「4004」を開発したのは1971年だったから、それを考えると1975年の採用は極めて早い時期だったと言えるだろう。

 当時のファナックは、ハードワイヤードNCで成功を収めていたにもかかわらず、なぜそれを捨ててまで、MPUを採用したソフトワイヤードCNCへと転換したのか。

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