人工知能(AI)によって制御される近未来の都市とは、どのようなものか。そこに応用できる知見と技術を最も蓄積できているのは、「日本が誇るゲームの世界だ」と建築家の豊田啓介氏は唱えてきた。各界の実践者や識者を訪ね、次世代版のスマートシティー像を探るシリーズ企画の第2回では、ゲームAI開発の第一人者である三宅陽一郎氏を迎えて議論する。(進行は神吉弘邦=ライター、山本恵久=日経 xTECH/日経アーキテクチュア編集委員)

ゲームAI開発者の三宅陽一郎氏(左)と、noiz共同主宰、gluon共同主宰の豊田啓介氏(右)。両氏のプロフィルは最終ページを参照(写真:日経 xTECH)
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連載の初回テーマは「コモングラウンド(共有基盤)」でした。今回、三宅さんをお招きし、ゲームの話題に入る前に、今一度この言葉を振り返っておきたいと思います。

豊田 スマートシティーに関する一般的な議論の中にはAIの他にも、MaaS(Mobility as a Service、注1)だとか、ミクストリアリティー(注2)だとか、たくさんのキーワードが登場します。ただ、それらはあくまでも人間側から見た視点の話でしかなかった。人間ではないデジタルエージェントの側がどのように世界を認識しているのか、その視点も併せたときに、どのように世界を構築したらいいのかという議論はされていません。

 彼らには何が認識できて、何が認識できていないのか。デジタルエージェントと共存する世界では、こうしたデジタル環境およびデジタルエージェント側の視点が不可欠だということを意外とみんな分かっていない。前回、お話を伺った西田(豊明)先生のコモングラウンドという言葉を僕らが拝借するのは、そのような理由からです。

 西田先生が会話情報学の文脈で使っているコモングラウンドという概念は、言語的なコミュニケーションの中で、人とAIそれぞれの振る舞いによってイメージ的なものが重なり合う場を指しています。それに対し、僕の場合、「物理的なモノとデジタルデータが重なり合う場」という意味で使っています。

 人間を含む物理エージェントと、AIで動作するデジタルエージェントが協働できる都市のためのコモングラウンドを、工学的に、そして多様なビジネスやサービスのプラットフォーム機能を持つデータ構造として、現実世界に実装するのが目標です。

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手始めに、豊田さんはどのようなものをつくろうとしているのですか?

豊田 仮にロボットに類する自律走行エージェントが、この部屋の中を走り回っているとしますよね。でも、この机のデジタルデータまでは恐らく存在しないので、彼らには本来、この机が見えていません。要は、どんな対象物にせよ、彼らにとって「物質を認識する」ということは、その形態や素材、構造、あるいは影響を与える領域など、デジタルで記述されたデータによって理解するということなんですね。

 そうした普通はデジタルデータとして存在しない日常空間の物質の情報を取得するため、現在のデジタルエージェントは一般的にはエッジ側(端末のマシン側)にレーザーや赤外線のスキャナー、あるいは光学カメラなどを搭載しています。そこからのセンシング情報を解析するなど多様な方法で周囲をサーチしながら、SLAM(注3)化しているわけです。でも、そんなことを常時やらせていては、エッジの側にかかる負荷が高すぎます。

その都度周りの世界をスキャンしながら、何かしらの作業をしている状況になるわけですね。

豊田 そうです。しかも、見える範囲内しかデータは取れませんし、その精度も非常に低くならざるを得ません。

 そうしたとき、与条件としてのデジタルデータが環境側に事前に用意されていれば、彼らはそれをベースに、見えないところや行ったことがないところまでを含めたパス(移動経路予測)を効率的に計算できるわけです。僕らの場合はさらに、センシングを助けるためのビーコン(発信機)や、精度を高めるためのセンサー、マーカーなどを使い、物理世界のセンシングとデジタル世界の生成をインタラクティブなものとして成立させることで、その環境をコモングラウンド化しようとしています。

 「物理的なモノとデジタルデータが重なり合う場」というのが、重要なテーマです。今、デジタル世界というと、アトム(物資)に対するビット(データ単位)の世界の話だけでほぼ完結してしまい、物質とは必ずしもひも付いていません。しかし、モノとデジタルデータがひも付いた世界が総合的に整備されなければ、スマートシティーなんてものは恐らく機能しないはずなんです。

三宅 確かにスマートシティーの「スマート」というのは、モノそのものだけの知能を指していることが多いけれど、本来のスマートシティーを考えるならば「街そのものが知能を持つ」という意味ですからね。

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