私はかつて製造業で働いていた。調達業務に従業していた。ある日のこと、「これ造れるところないかな」と設計者から図面を渡された。金型の図面だった。図面のコピーで、作図者の社名が黒く塗り潰されていた。その金型図面は、取引先から入手したものだった。

(出所:PIXTA)

 その取引先も、自社で金型を製造していたわけではない。さらに下請けの金型メーカーが存在した。二号型(二番型)を造る際に、元の図面を使って相見積書を入手したいのだ。「これ、許可を取っていないからまずいんじゃないですか」という私に、キョトンとした設計者は「よく分かんないけど、取引先から図面入手する時に目的を伝えたから、分かっているはずだよ」と言った。

 私は現在、調達業務のコンサルタントとなった。頻繁に、企業内の「コスト削減事例の発表会」に呼ばれる。簡単な講評をする役目だ。しかし、中には、危うさが漂うものもある。例えば、「今までA社に発注していました。それをB社に切り替えました。それでコスト削減ができました」という類の発表があったら、私は必ず次のように質問するようにしている。

「御社は、そのパーツの図面を書いていませんよね。その図面を使って相見積書を取ることに許可を取っているんですか」

 現在、自社で図面を書いて純粋に製作だけを外注するケースは少ないから、図面を書いていないでしょう、と言っておけばたいてい当たる。リアクションは「いやー、それは考えていませんでした」というものが多い。

 そのような資料を作成する過程で、上司や指導員に見せているはずで、私のようなツッコミは受けていなかったと想定できる。きっと、多くの組織で同じような状況なのだろう。これは、「優越的地位の乱用」というような難しい話ではない。そのほとんどが無邪気に、罪の意識なく、取引先の技術やノウハウを使っている。本人たちはむしろ真面目に、真摯に業務に当たっている。

 私はここに、深い問題を感じる。

名ばかりのオープンイノベーション

 公正取引委員会は2019年6月に「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」を発表した(報告書PDF)。これは外部企業との取引に携わる人(すなわち全員かもしれないが)にとって一読の価値がある。

 この調査書は、タイトルの通り、発注者が優越的な地位を使って、取引先からノウハウを「搾取」していないかについて調べたものだ。最初の2ページにポイントが書かれているので、そこだけを見ても十分に面白い。

 興味深いのは、中小零細企業だけではなく、大企業も苦汁をなめている点だ。どうしても原材料がそこからしか調達できなかったり、売り上げの少なくない比率を依存していたりすると、企業の大小に関わらず苦悩せざるを得ない。

 日本企業は「すり合わせ」という言葉をよく使う。企業の垣根を越えて、二人三脚で1つの製品を創り上げる。契約には書かれていない“あうん”の呼吸で物事が進んでいく。

 私が若い調達担当者だった頃、取引先が技術検討会の名目で参集し、アイデアを出してくれることに驚いたものだ。そのアイデアとは、VA(Value Analysis)とか、VE(Value Engineering)の名目で、製品価格を下げるためのものだった。なぜ自分たちの製品価格を引き下げるために協力することがあり得るのだろうか。

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