本記事は、日経エレクトロニクスの過去記事を再掲載したものです。社名や肩書きは執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

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 絶大な人気を誇るバンダイナムコゲームス(当時、現バンダイナムコエンターテインメント)の体感ゲーム機「機動戦士ガンダム 戦場の絆(きずな)」。そのドーム型筐体(きょうたい)の基となったのが、ナムコが2001年ごろに開発していた実験機「O.R.B.S」である。O.R.B.Sは一定の評価を受けたものの商品化に至らず、開発が凍結されてしまう。そのころ、「戦場の絆」の開発メンバーが、全く別に活動を始めた。

 本来なら業務用(アーケード)ゲーム機の救世主になるはずだった。ゲームセンターがナムコ(当時)のドーム型ゲーム機「O.R.B.S」で埋まる。そんな光景を目指していた。しかし、厳しい現実の前に、その夢はかなわなかった。出だしは一見順調だったものの、商用化に向けた数々の課題を結局、克服できなかったからだ。O.R.B.Sの開発計画は凍結され、技術資産はお蔵入りとなった。「一石を投じることはできたが、緩やかに収束していった」(バンダイナムコゲームス CS事業本部 CS第2プロダクション アシスタントマネジャーの東山朝日)。

 O.R.B.Sが再び日の目を見るのは、2006年11月に発売されたアーケードゲーム「機動戦士ガンダム 戦場の絆(きずな)」の開発がスタートした時だ。メカ系技術者だった小山順一朗(バンダイナムコゲームス AM第2プロダクション ゼネラルマネージャー)を中心とする開発メンバーが、O.R.B.Sを長い眠りから覚ました。小山らの活動を語る前に、O.R.B.Sの開発のその後の経緯を見ていきたい。

「機動戦士ガンダム 戦場の絆」のドーム型筐体「P.O.D」(c)創通・サンライズ
(写真:吉田 明弘)
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