パソコン黎明(れいめい)期、ワープロや表計算ソフトと並んで「三種の神器」とされていたデータベース管理ソフト。PCでスタンドアロン動作するデスクトップデータベースとして、海外勢のAccessやファイルメーカーなどと覇を競っていたのが管理工学研究所の「桐」だ。

管理工学研究所のデスクトップデータベースソフト「桐」
(画面は2017年発売の「桐10s」のもの)
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 桐がPC-9801版のMS-DOSで動作するデータベースソフトとして登場したのは1986年のこと。当時開発に携わっていた管理工学研究所経営戦略室の大久保潤室長は、桐の設計思想を「高機能でハードルが高いデータベースを誰でも使えるようにする製品」と説明する。

 当時のデスクトップデータベースは業務アプリケーションの開発環境としての性格が強かった。紙のカードを模したカード型を除けば、テーブルの設計や入力フォームの開発を済ませた上でエンドユーザーが使うのが基本だった時代だ。

 一方桐は、Excelのような表形式の画面と対話型のユーザーインターフェースをメインに据えた。個人から企業まで使える業務アプリケーションの開発環境として、簡単にデータベースを設計・編集できる使い勝手を目指した。

 国内ユーザーの支持を集め、海外勢が優勢だったデスクトップデータベースの市場において気を吐く存在だった。例えば日経バイト誌が1998年に実施した読者アンケートでは、Microsoft Access、Corel Paradox、FileMaker Proという海外勢に続く4位につけていた。

 国内ユーザーの支持を受ける中で意識したのはデータの互換性だ。管理工学研究所ソフトウェア開発事業部コンシューマソフトグループの鎌上直樹グループリーダーは、「ユーザーが蓄積したデータは、ユーザーにとっても、自社にとっても最大の資産」と力を込める。「必ず自動変換でデータを移行できることを保証してきた」(大久保氏)という。

拙速を避けたWindows版

 1993年に発売した「桐ver.5」までは、MS-DOSやIBM PC DOSといったDOSで動作するパッケージを提供してきた。PC-9801シリーズの640Kバイトのメモリーで動作するように、データベースのメモリー管理のような足回りはアセンブリ言語、その他の機能はC言語で記述した。

 OSがDOSからWindowsに変わったのは1997年の「桐ver.6」から1998年の「桐ver.7」にかけてだ。「桐ver.6は転換期の1つ。本質は変わっていないが、開発手法が根本から変わった。スクラッチに近い恰好で作った」(鎌上氏)。アセンブラとCで書いていたコードは、Windowsの開発環境でCとC++で書き直した。「DOS時代の使い勝手を、そのままWindowsに移植するのにこだわった」(大久保氏)。

「桐ver.7」の画面
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