辰野金吾の代表作として有名な東京駅丸の内駅舎の保存・復元工事が2007年5月に着工してから、約2年が経過した。東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)と東京都による復元に向けた1999年9月の合意から数えると、今年は10年目に当たる。

 約50年前に持ち上がった高層ビルへの建て替え計画に端を発する保存論争では、かつて運輸大臣を務めた石原慎太郎東京都知事と当時JR東日本の社長だった松田昌士相談役が立役者となり、保存への道筋をつけた。

 JR東日本と東京都は「東京駅赤レンガ駅舎の復元と駅周辺の環境整備事業(丸の内広場および行幸通り)について、両者が協力して実現していく」と合意。さらに、JR東日本などが01年に開催した「東京駅周辺の再生整備に関する検討委員会」の方針を受け、総事業費500億円をかけた復元工事は着々と進んでいる。計画では、45年の東京大空襲で焼失した3階以上の屋根や外壁を復元し、ドーム屋根を備えた創建時の姿に戻す。約150室の客室を持つホテル、地下駐車場を新たに設ける。

仮囲いの内側には重機や資材が並ぶ(写真:山西 英二)
[画像のクリックで拡大表示]
保存・復元の概要を示したもの(資料:JR東日本)
[画像のクリックで拡大表示]

現場に変化が見えなかった理由

 青山学院大学の鈴木博之教授は、「1914年の創建時の姿への復元には賛否があるものの、03年の重要文化財への指定とその後の計画策定は、非常に長いプロセスを経た結論で、評価できる」と話す。「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」(筆頭代表:三浦朱門氏)で保存運動に携わってきた多児貞子氏は、「復元工事については何も言うことはない。JR東日本を全面的に信頼している」と言う。

 駅舎の復元を見守るのは、専門家や熱心な保存支持者だけではない。仮囲いにつづられた駅舎の歴史に見入るビジネスマンや、記念撮影をする観光客。これだけ多くの人々の興味を引きつける建物は珍しい。

 しかし、華々しく当時の姿に立ち戻る様子を思い描いた者にとっては、もどかしい2年間だったかもしれない。外側から眺める限り、駅舎に大きな変化は見られなかったからだ。

 着工から現在まで、現場ではどんな作業が行われていたのか。こうした疑問をぶつけると、JR東日本の担当者から工事現場の所長までが、一様に苦笑を浮かべ、もっともだと言わんばかりにうなずく。

 JR東日本で東京駅の復元プロジェクトを担当する東京工事事務所の鎌田雅己課長は、着工後の経緯について、次のように解説する。「現場では、内装の撤去を進めてきた。4月の時点で、これがほぼ終了した。地下工事も並行して実施している。免震化と地下躯体の構築のためには、長さ335mの駅舎全体を、『仮受け』しなければならず、今はその準備を進めている段階だ。外側の復元工事は、仮受けの準備が終わった後になる」。

この先は有料会員の登録が必要です。有料会員(月額プラン)は初月無料!

日経 xTECHには有料記事(有料会員向けまたは定期購読者向け)、無料記事(登録会員向け)、フリー記事(誰でも閲覧可能)があります。有料記事でも、登録会員向け配信期間は登録会員への登録が必要な場合があります。有料会員と登録会員に関するFAQはこちら