令和時代の到来とともに、紙幣(日本銀行券)が20年ぶりに刷新されます。麻生太郎財務相は2019年4月9日、1万円、5000円、1000円のデザインを変更すると発表しました。24年度上期に発行される新しい1万円札には、表面に実業家の渋沢栄一の肖像画、裏面に東京駅丸の内駅舎の外観が描かれます。

(写真:磯 達雄)

 日経 xTECHでは、過去に公開した東京駅に関連する記事を紹介します。建築家、辰野金吾が設計した駅舎の復元から、丸の内駅前広場の整備まで、「日経アーキテクチュア」と「日経コンストラクション」が取材してきた記事を、公開から1週間無料で読めるようにしました。

目次(日付は公開予定日もしくは無料公開開始日)

東京駅・赤レンガ駅舎を3階建てに(4月15日)

1999年当時の東京駅を行幸通り(西側)から見る。駅舎の南北方向の長さは335m。最高高さ30m(建設当初は46.1m)。延べ面積2万300m2(同2万3900m2)。もともとは3階建てだったが、戦災で3階以上を焼失。戦後間もなく2階建てに改修され、今日に至った。かねてから復元を望む声は強かったが、一方で、種村直樹氏のように現状の2階建てに愛着を持っている人も少なくない(写真:吉田 誠)

 戦災で3階部分を焼失し,2階建てで“仮復旧”した東京駅・赤レンガ駅舎。1914年に完成した辰野金吾の代表作は,仮の姿のまま既に50年の歳月を経た。これまで幾度となく「建て替え」「保存」の論議にさらされてきたが,ついに元の姿に復元されることが決まった。

難題を解きつつ進める赤レンガ駅舎復元(4月16日)

仮囲いの内側には重機や資材が並ぶ(写真:山西 英二)

 辰野金吾の代表作として有名な東京駅丸の内駅舎の保存・復元工事が2007年5月に着工してから、約2年が経過した。東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)と東京都による復元に向けた1999年9月の合意から数えると、今年は10年目に当たる。

東京駅、集客増の立役者たち(4月17日)

開業当日、南ドームを見上げ写真を撮る人々。丸の内駅舎は辰野金吾(1854~1919年)の設計で1914年に完成。45年の東京大空襲で3階部分を焼失し、2階建てに改修された状態で60年以上使われていた。復元した南北2カ所のドームの内装は、創建当時の写真や資料を基にした(写真:澤田 聖司)

 10月1日、復元を終えたJR東京駅丸の内駅舎が開業した。同駅の近距離利用客は1カ月で3割増えた。その影響は、駅ナカはもちろん、丸の内・八重洲まで含めた街区全体に波及している。復元に尽力した陰の立役者たちに取材し、東京駅が人を引き付ける理由に迫る。

国技としての建築様式─東京駅丸の内駅舎(大正3年)(4月18日)

(イラスト:宮沢 洋)

 日経アーキテクチュアが4月23日に発刊した書籍「プレモダン建築巡礼」から、いくつかの記事をより抜いてご覧いただきます。今回は大正3年に竣工した東京駅丸の内駅舎。息子を相撲取りにさせようとしたほど相撲が大好きだったという建築家、辰野金吾が設計しました。その姿は、力士の土俵入りに似ているとも……。

駅と皇居をつなぐ世界に誇る「景観軸」(4月19日)

東京ステーションホテルの中央に位置する客室「インペリアルスイート」からの景色。駅前広場から写真奥の皇居方面へと続くのは延長約390mの行幸通り。広場と一体的な空間として改修した(写真:安川 千秋)

 改修されたばかりの東京駅丸の内駅前広場に立ち、その広さに息をのんだ。広場の先には、デザインで統一された広幅員の行幸通りが続く。奥にうっすら見える皇居の緑へと空間がつながっているようだ――。