顧客から信頼される、しっかりしたSEになる。マネジャーになったら部下を支え、育てる。その心得を示した書籍『SEを極める50の鉄則』(馬場史郎著)が19年ぶりに復刊した。この特集では、ベースとなった連載から愛読していたベテランに「SE道」を聞いた。

 「25歳でコンピューター業界に転職してから33年間、SEやSEマネジャーそしてIT企業の経営幹部として働き、3月末で早期退職しました。一人のSEとして現場に戻りたくなったからです」。

 金融系のシステム開発会社で役員を務めてきた村嶋義隆氏はこう考え、退職してすぐ、2019年4月から古巣の「研究員」になった。まず1年間、研究が半分、これまで関わった仕事の支援が半分、という割合で活動する。

 研究とは勉強である。「マネジャーになって以降、中途半端になっていた構築系のスキルを身に付け直します」(村嶋氏)。

 2018年、ある顧客の案件でSEの応援体制を組もうとしたとき、どうしても人繰りがつかず、村嶋氏は自ら現場に赴き、Javaのソースコードをデバッグした。だがJavaがいま一つ分かっていないというハンディがあったとは言え、若い頃の半分も仕事ができないことに歯がゆさを覚え、再度勉強をしたいと思うようになった。

 「SEとして仕事を始め、技術大好き人間であったのに途中から営業や新規事業開発を担当することになった。振り返ってみるとお客さまや同僚、パートナー(協力会社)に恵まれ、多くの経験ができた。ただ、スキルの衰えを実感し、現場に戻るなら少しでも早く、と思うようになり、わがままを言って辞めさせてもらったのです」。

 研究員になった村嶋氏は早速、機械学習や深層学習のシンポジウムに参加した。「思っていた以上に技術が進化していて驚きました。何人かの講師が『(日本人は)勉強が足りない。なぜもっと勉強しないのか』とおっしゃっていました。研究員に転身して良かったと思うと同時に、時代が大きく変わっていく予兆を感じています」。

年商50億円の事業を育てる

 SEの現場が何よりも楽しいという村嶋氏だが、現在年間50億円の売り上げがあるパッケージソフトウエア事業をマネジャーとして育てた実績がある。20名弱の陣容で年商1億円程度だった同事業を村嶋氏は2008年から担当した。

 当時のパッケージは完成品とは言えなかったため、村嶋氏はまずどの市場を狙うのか、そのためにどういう設計と売り方にするか、といったパッケージの基本コンセプトをまとめた。このコンセプトは11年たった今でもほとんど変わっていない。

 次にコンセプトを実現するために3年後に年商10億円にする中期計画を立て、パッケージ完成のための投資、営業体制、人材育成、パッケージの魅力を高めるための機能設計とデータ設計などについて方針と具体策を盛り込んだ。

 「開発も販売も大変でしたが、社員はもちろんパートナーさんもみんなそれを楽しんだと思います」。こうして中期計画を達成し、パッケージ事業を軌道に乗せることができた。

 「SEが生き生きと活躍するためには、構築したシステムの価値をお客さまに認めてもらうことが必要。『あなたはなかなかできるから人月単価を10万円上げよう』と言われてもそれほどうれしくはない」。

 システムの価値を顧客と交渉できる立場になるために自社製品を用意し、他にまねできないサービスを提供する。こうした目標を掲げることで社員やパートナーを引き付けられたのだろう。

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