本記事は、日経コンピュータ2016年10月13日号の特集「『動かないコンピュータ』裁判を読み解く」を再構成したものです。

ユーザー企業とITベンダーの不毛な対立のない、成熟したシステム開発。日本のIT業界は、この成熟の道どころか、退化の道を進んでいないだろうか。数々のIT訴訟やトラブルの実例に基づき、日本のシステム開発を成熟の道へ進めるための「三つの新常識」を示す。

トラブルによる損失を回避する新常識
ユーザー企業とITベンダーの関係が変わる
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 日本のシステム開発の歴史は、失敗事例の積み重ねでもある。だが、今のユーザー企業とITベンダーは、高額賠償のリスクを恐れ、場当たり的な回避策に走っているようにみえる。トラブルを未然に防ぎ、企業に貢献する情報システムを開発するには、何が必要か。三つの「新常識」としてまとめた。

文言いじりはむしろ逆効果

 第1の新常識は、自社のリスク回避だけを狙って契約などの文言を操作すると、むしろ訴訟のリスクを高める、というものだ。

 「ある国内ベンダーが最近、受け入れテストの開始から瑕疵担保期間を起算する契約の適用を始め、ユーザー企業とのトラブルの種になっている」。IT紛争に詳しいITコンサルタントはこう証言する。

 この契約では、仮に受け入れテストが長引いた場合、本番稼働を待たずに瑕疵担保期間が終わる可能性がある。つまり、本番稼働後にバグが見つかっても、無償での修正は受け付けてもらえない。瑕疵担保の期間や起算日は契約で自由に設定できるとはいえ、ユーザー企業には納得しにくい条項だろう。

 「契約は、双方が納得感を持てる内容でなければ、いざトラブルが起きたときに役に立たない」と、弁護士の上山氏は語る。同氏によれば、ITベンダーが「(経産省または電子情報技術産業協会、JEITAの)モデル契約書に準拠しています」として用意した契約書が、実際にはITベンダー側に有利な文言に書き換えられているケースが多発しているという。片方が有利になる条項があると、トラブルが発生した際に感情的な反発が生まれ、訴訟に発展しやすいという。契約書の文言をいじってリスクを回避しようとして、むしろリスクを高めているといえる。

 一方ユーザー企業にも「会議の議事録に、自社に有利な文言を書き込ませようとする動きがみられる」と複数の弁護士が証言する。スルガ銀行・日本IBM裁判の第1審で、議事録でITベンダーが非を認めたことが、ITベンダー側の完敗につながったためだ。だが同裁判の控訴審を含めたその後の判例では、プロジェクトを円滑に進めるためITベンダーが「謝罪的な文言」を述べることに、裁判所は一定の理解を示すようになっている。小手先の文言いじりでは、リスクは低減しない。

選定前に十分な検討が必要

 第2の新常識は、パッケージソフトの導入に当たり、パッケージやITベンダーの選定より前に1~2年ほど検討期間を設けることだ。この検討段階でユーザー部門の中核メンバーとも情報を共有し、簡単なプロトタイピングまで行うことで、現行の業務や導入予定パッケージの特徴など、様々な要素が見えてくる。

 前章の導入失敗事例の中には、刷新の決定からITベンダーの選定まで半年未満のケースもある。この場合、現場部門の要望を聞くのはベンダー選定の後になる。現場部門の要望を過剰に聞き入れれば仕様が膨らみ、聞かなければ導入直前に不満が爆発する、というジレンマから逃れられない。「検討に1~2年の時間とコストをかけても、トラブルを考えれば安い」(ITコンサルタントの細川氏)。

 「ITベンダーを信頼し任せていた」というのは訴訟でユーザー企業が主張する常套句。だが細川氏は「これはNGワードだ」と指摘する。お任せ体質こそが失敗のリスクを高めているという認識が定着しており、むしろユーザー企業に不利になりかねない。

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