本記事は、日経コンピュータ2016年10月13日号の特集「『動かないコンピュータ』裁判を読み解く」を再構成したものです。

「動かないコンピュータ」裁判(IT訴訟)をつぶさに分析すると、システム開発に潜む思わぬ落とし穴が見えてくる。ユーザー企業とITベンダーの主張が衝突する裁判での主張や判決文を基に、近年のIT訴訟に見えるトラブルの特徴や傾向を解剖する。

 1981年の日経コンピュータ創刊から35年。その間、システム開発の失敗や頓挫、トラブルなどさまざまな出来事が起こった。本誌は、連載コラム「動かないコンピュータ」で、システム開発をめぐるユーザー企業とITベンダーの衝突を絶えず追ってきた。

1981年10月5日の創刊以降に採り上げた「動かないコンピュータ」および関連IT訴訟に関する記事の例
IT訴訟から見るシステム開発35年
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 中でも、2012年に東京地方裁判所がITベンダーに約74億円の賠償を支払うよう命じた「スルガ銀行・日本IBM裁判」の判決は、賠償額の大きさと判決の内容の両面で、IT業界に大きなインパクトを与えた。その後、控訴審で賠償額は約42億円に減額され、2015年7月に最高裁判所で判決が確定している。日本のシステム開発業界は、幾多のトラブルを乗り越え、成熟化へ向かっているのか。

 本誌は、2009年以降に提起され、スルガ銀行・日本IBM第一審判決後に判決が下った(予定含む)主要なIT訴訟を調査した。膨大な裁判資料から、現在のシステム開発に潜むトラブルの種や思わぬ落とし穴、そして「システム開発の成熟化」への道を読み解いてみたい。

2009年以降に提起され、請求額が1億円を超えるIT訴訟の例
ユーザー企業とITベンダーの間で、システム開発訴訟が続発
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大半のIT訴訟で「PM義務違反」が争点に

 スルガ銀行・日本IBM裁判後のIT訴訟の特徴として最も顕著なのは、システム開発契約に付随するITベンダー側の様々な義務が「プロジェクトマネジメント(PM)義務」として整理され、裁判で主要な争点になった点だ。実際、表で示したIT訴訟では例外なく、PM義務(あるいは、同様の項目を示した付随義務)違反の有無が争点になっている。

 このPM義務の概念は、スルガ銀・IBM裁判を通じて拡張された。それ以前は、ITベンダー側のプロジェクトマネージャーが職務上果たすべき義務、つまり進捗管理やリスク管理、ユーザー企業への助言を指していた。同裁判を経て、要件定義工程や、契約前の企画・提案活動にも及ぶことが明確になった。

 影響はその後の裁判に現れている。2016年4月に第一審判決が下った「トクヤマ・TIS裁判」で東京地裁は、要件定義より前の検討フェーズにおける調査不足がプロジェクト失敗の一因になったとして、ITベンダーの付随義務違反を認定している。

 裁判所が認定するPM義務は、ITベンダーにとって厳しいものになりつつある。「旭川医科大学・NTT東日本裁判」で旭川地裁は2016年3月、ユーザー企業が仕様凍結後も追加開発を要望し、開発の遅延が見込まれる場合、ITベンダーは「要望を拒絶する」か、ユーザー企業を説得して「要望を取り下げさせる」べきだとして、ITベンダーの義務違反を認定した。ITベンダーは控訴審で「追加開発の拒絶は、実務としては非現実的」として、この「要望拒絶の義務」という考えを批判している。

 ただし、判決自体がITベンダーに厳しくなっているかといえば、そうではない。PM義務と並び、ユーザー企業が資料の提供などシステム開発に必要な協力を行う「協力義務」についても、裁判所は厳しい目を向けている。その結果、ITベンダーの勝利になるケースも多い。近年のIT訴訟における協力義務について、三つの類型を紹介しよう。

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