2018年7月にドイツで世界中から注目を浴びた裁判があった。Facebookのメッセージ開示裁判だ。

 2012年にベルリンの地下鉄駅で15歳の少女がれき死した。その車両の運転士は故意の飛び込みを疑って少女の母親に慰謝料を請求した。自殺か否か。母親は真相を解明するために、少女が死の直前まで使っていたFacebookにログインして「メッセージ(ダイレクトメッセージ)」を調べようと考えた。

 ところが、少女のFacebookアカウントは既に「追悼アカウント」という故人用の保護アカウントに切り替わっており、メッセージにはアクセスできなくなっていた。Facebookのサポートに相談しても開示できないの一点張りだった。そこで母親が法定相続人としてFacebookに対して起こしたのが冒頭の裁判だ。

 2015年12月に、ベルリン地方裁判所は母親の訴えを全面的に認めたが、日本の高等裁判所に該当するベルリン控訴裁判所は2016年5月に、相続人であっても本人以外は閲覧できないというFacebook側の主張を支持する判決を出した。控訴審で逆転したのだ。

 そして最高裁である連邦司法裁判所に委ねられ、2018年7月に結審。さらに逆転で母親の訴えを認める判決が出た。

 たとえオンラインで管理されているメッセージであっても、遺族が手出しできないのは考えもの。紙で残された日記帳や親展の書簡と同じように、必要性があるときは扱えるような道筋は必要だ――。評決にはそうした考え方が含まれているようだ。

Facebookの追悼アカウント。ページ上段に追悼アカウントの解説が表示され、氏名の上にも「追悼」と表記される。
(撮影:古田 雄介)

 この裁判の焦点は、前回の「LINEを開きたい」という遺族の相談と共通する点が多くある。FacebookもLINEと同じように一身専属タイプのサービスなので、相続人であっても故人のアカウントは引き継げないし、中身も見られない仕組みになっている。

 遺族からすれば、「亡くなった家族が残した紙の手紙や日記帳を開くのはこれまでもよくあった。相応の事情があれば、デジタルであっても閲覧したくなるのが人情だし、認められるべきだろう」と考えるのは自然なことのように思える。しかし一方で、サービス提供側からすれば、一身専属の建前もあるし、やり取りしている相手側のプライバシーを保護しなければならない責任もある。

 裁判では遺族側の主張が通ったが、第三者が管理しているスペースに残された故人の足跡の取り扱いについては、今後も議論を呼ぶことになるだろう。それだけ判断が難しい問題と思われる。

 Facebookが2009年から提供している「追悼アカウント」という仕組みは、その折衷案という側面もあるかもしれない。