日経BPでは多くの媒体を経験してきた。最初に配属されたのは、バイオテクノロジー専門のニューズレターである日経バイオテクの編集部だ。

 その後、日経メディカル、日経パソコン、日経バイト、日経コンピュータ、日経ソフトウエア、日経エレクトロニクスと数々の雑誌作りに関わってきた。現在は、Web媒体の日経 xTECHと雑誌の日経NETWORKに記事を書いている。日経 xTECHに書いた記事は、日経SYSTEMSや日経コンピュータにも転載されている。

 最初にバイオテクノロジーの専門媒体に配属されたのは、大学の理学部生物学科で分子生物学を学んでいたからだ。出来の悪い学生だったが。

 「専門が生物学なのに、なぜコンピューター関連の記事を書いているのか」と疑問に思う人がいるかもしれない。しかし、自分の中にはこうした疑問はない。生物学よりもコンピューターのほうがはるかに長い付き合いだからだ。

 高校では、理科の科目は物理と化学を選択していた。生物学の面白さに目覚めたのは大学に入ってからである。

 一方、コンピューターに初めて出会ったのはまだ幼い頃。デパートの入り口でコンピューターのデモをしていたのを見た時だ。画面上を舞うチョウを撃ち落とすゲームだったと思う。まだ日本には家庭用ゲーム機がなかった時代である。「コンピューターを使えばテレビの画面でゲームができる」ということに衝撃を受けた。

 それでコンピューターに興味を持つようになった。中学生の時には、BASICという言語でプログラムを作れることを書籍で知った。FOR文やIF文の文法を知ったのはその頃だ。

 コンピューターの実機に初めて触れたのは高校生の時。学校のクラブにNECの「TK-80」と米コモドールの「CBM3032」があった。物理部という名前のクラブで、たまに天体観測をすることもあったが、実質的にはパソコンクラブだった。

 TK-80はいわゆるワンボードマイコンで、入力は16進数キーボード、表示は8個の7セグメントLEDである。16進数の機械語を直接入力して動かす。

 CBM3032はクラブ内では「PET」と呼ばれていた。「PET 2001」というパソコンの上位機種だったからだ。ディスプレーやキーボードが一体になったパソコンで、BASICが動作した。プログラムは、外付けのカセットテープレコーダーを使ってロード/セーブする。

 高校生の時にはこうしたコンピューターに夢中になった。雑誌に載っているゲームのプログラムを打ち込んで遊んだり、自分で簡単なプログラムを作ったりしていた。

 クラブ活動に飽き足らず、学校が終わるとデパートや電器店の店頭に置いてあったパソコン(当時の呼び方だとマイコン)に張り付いて遊んでいた。今だと店から追い出されかねないが、当時はパソコンに夢中になる子供に対しては店も寛容だったようだ。

 そのときに触っていたのがシャープの「MZ-80」というパソコンである。NECの「PC-8001」というパソコンも人気があったが、PETに似た一体型の形状に親しみを持ったのか、自分はもっぱらMZ派だった。

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