約2kmの距離を橋脚などで一切支えることなく、ひとまたぎする――。神戸市と兵庫県淡路市を結ぶ明石海峡大橋が1998年(平成10年)4月、現地工事の着手から10年の歳月を経て完成した。海底から立ち上がる2本の主塔間の距離(中央支間長)は1990.8m。世界有数の長さを誇る吊り橋だ。

神戸市側から見た施工中の明石海峡大橋。1カ月で平均90mずつ補剛桁のトラス部材の架設を進め、1996年9月に閉合。本州と淡路島が1本の橋桁でつながった(写真:日経コンストラクション)
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空から見た施工中の明石海峡大橋。左手前が淡路島。中央支間長が1990.8mに対して、側支間長は神戸市側が960.0m、淡路市側が960.3mで、橋長は3911.1m。96年12月撮影(写真:三島 叡)
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 明石海峡大橋は工事中の95年1月、阪神・淡路大震災に見舞われた。高さ約300mある2本の主塔を建設し、メインケーブルの架設もほぼ終わったところだった。

 地震によって中央支間長が1990.0mから1990.8mに、淡路市側の側支間長が960.0mから960.3mにそれぞれ広がった。主塔などの基礎が地盤上を滑った形跡がないことから、支持地盤そのものが動いたとみられる。

地震直後に撮影した明石海峡大橋。中央支間長が80cm、写真左手の淡路市側の側支間長が30cm伸びた(写真:三島 叡)
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吊り橋のメインケーブルを定着させる淡路市側のアンカレイジ。周辺の地盤が最大で50cm沈下したものの、橋本体の被害はほとんどなかった(写真:三島 叡)
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地震時の揺れで、メインケーブルを円形断面に整えるスクイーザーと呼ぶ機械が回転し、足場にぶつかった。支持地盤が動いた以外の被害は、この程度で済んだ(写真:本州四国連絡橋公団、現在の本州四国連絡高速道路会社)
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地震前後における明石海峡大橋の変化。図の左手が神戸市側、右手が淡路市側。本州四国連絡橋公団(現在の本州四国連絡高速道路会社)の資料を基に日経コンストラクションが作成
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 支間が伸びた事象について、工事を発注した本州四国連絡橋公団(現在の本州四国連絡高速道路会社)は、メインケーブルから吊り下げる補剛桁の長さを伸ばすことで対応。中央支間の中央付近で80cm、側支間は淡路市側のアンカレイジ付近で30cm、それぞれトラスの部材を延長した。地震前に製作済みの部材はそのまま使い、地震後に製作する部材を修正した。

 一方、修正が難しかったのが、地震前に張り終えたメインケーブルだ。支間が伸びてメインケーブルの張力が変化した結果、2本の主塔が塔頂部で10cm程度、淡路市側にしなってしまった。

 これに対して、本四公団は「ほとんど問題にならない」と判断した。明石海峡大橋は、自動車の通行や日射による温度差などによって、塔頂部が1m以上動くことをあらかじめ想定していたからだ。

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