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2001年3月、「RX-8」の開発メンバーの前でチーフデザイナーの前田育男は、デザインの大幅変更を告げる。タイトになるスケジュール、混乱する現場、プレス成形できない形状。目の回るような日々を過ごす前田の元にある知らせがもたらされた。

任田功
(写真:滑 恵介)

 2002年春。かすみを引いた空には柔らかな陽光が満ちていた。

 この日、広島県三次市にあるマツダのテストコースには、RX-8の開発メンバーが集結していた。視線の先にあるのは「メカプロト」と呼ばれる、走行試験用の第1号試作車である。外側は既存車種の部品を継ぎはぎしたもの。だが、プラットフォームやサスペンション、エンジンなどの主要な機構部分は、全てRX-8用に開発を進めている最新鋭のものである。つまり、このメカプロトこそが最初の「走るRX-8」なのだ。

メカプロト
最初の「走るRX-8」。(出所:マツダ)
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 もちろん、チーフデザイナーの前田育男もここにいた。今、心血を注いで作ろうとしているクルマの実力をどうしても知りたい。頼み込んでハンドルを握らせてもらい、コースに出る。

 「あれ?」

 予想していたものとは違う。

 「これなら全開走行でいけるかも」

 S字路を攻める。以前全開走行したRX-7と比べても、格段に速い。しかも楽にコーナーを抜けられる。

 「すごいな、これは」

 まさに驚異だった。

 RX-8の主査を務めた片渕昇は言う。

 「彼だけじゃないですよ。みんなこれには驚いた。それまではね、4ドア・4シーターで本当にスポーツカーらしいスポーツカーができるのかっていう声が結構あった。それが、この日を境にピッタリやみました」

 明るい表情で談笑する開発メンバーたち。その光景を見て最も安堵(あんど)したのはこの男だっただろう。RX-8のパッケージ開発を担当した任田功である。

RX-8のパッケージ
4人の大人が無理なく乗れるスペースを確保した。(出所:マツダ)
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