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排出ガス規制、ガソリンがぶ飲み批判。幾多の困難にさらされるたび、田所朝雄らマツダの技術陣はサーマルリアクター、熱交換器などの新技術を開発し、苦境を乗り越えてきた。そして手にした「RX-7」のヒット、1991年のル・マン総合優勝。ロータリーエンジンは1つの黄金時代を迎える。しかしその陰で、新たな危機が足元に忍び寄っていた。

左から田島誠司、羽山信宏
(写真:栗原克巳)
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 ル・マン制覇。どん底からはい上がり、ついには頂点を極めた。この達成感がマツダを覆う。しかも、世は1980年代後半から盛り上がったバブル景気の真っ盛り。怖いほどの快進撃が続く。その美酒に、マツダは酔いしれた。

 拡大する販売に対応するため、同社は1989年に販売系列をそれまでの3系列から一気に5系列に増やす超拡大路線を打ち出す。5系列といえば、トヨタ自動車の販売体制と同じ。この勢いを駆って大手メーカーに飛躍したいという悲願が、この戦略には込められていた。

 「オートザム」「ユーノス」といった見慣れない看板が道路脇に立ち並び始め、「MS-8」「MX6」といった社員さえその名をよく知らない車種が続々と市場に送り出されていく。そして1990年には、当時のロータリーエンジン技術を集大成させたクルマを発売する。量産車では初めて3ローターのエンジンを搭載した「ユーノスコスモ」である。

 だが、ロータリー開発部門の責任者、田所朝雄の表情はさえない。当時の風潮からいえば当然ともいえる会社の動き、そして新車のコンセプト。でも、何かが間違っている。

 「結局、貧乏人はカネの使い方がよう分からんのですな。だから、たまたまカネをつかむと有頂天になって、そのカネで身を滅ぼしてしまう」

 今になってみれば、そういうことだったのだと彼は言う。

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