小売・流通業界がEC(電子商取引)事業の戦略を語る際に必ずと言っていいほど登場する数字がある。EC化率だ。全体の売り上げのうち、どの程度がECで購入されているかを示す数値である。そのEC化率を「もう見ていない」と言い切る企業がある。アパレル大手TSIホールディングス傘下のセレクトショップ、ナノ・ユニバースだ。

 「EC化率はただの結果。数字はまったく追いかけていないし、KPI(重要業績評価指標)にしていない」。そう話すのはナノ・ユニバースの越智将平経営企画本部WEB戦略部長だ。ナノ・ユニバースの2019年2月期通期の売上高は283億円で前年比8.9%増と好調。TSIホールディングスの増収に貢献した。「追いかけていない」とはいえEC売上高は126億円で前年比11.8%増、EC化率は約45%と既に実店舗の売上高とほぼ変わらない規模にまで膨らんでいる。ナノ・ユニバースの高EC化率も手伝い、TSIホールディングス全体のEC化率も約2割と同業他社に比べて高水準にある。

ナノ・ユニバースのECサイトの画面
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 越智氏は続ける。「極端なことを言えば、実店舗の売り上げを落とせばEC化率は上げられる。EC化率が目的になれば店舗の売り上げを傷めてまでその値を上げるといった時代と逆行する状況さえ起こり得る」。そのため、EC化率を追い過ぎるのは危険だと警鐘を鳴らす。

 ECの登場で店舗に行かなくても商品を購入できるようになった。その結果として店舗の売り上げが落ちるのは必然ともいえる。その中でEC化率を上げることが目的になれば、店舗とECの間で売り上げのパイを奪い合うだけで、社内の不毛な事業間闘争になりかねない。ECの売り上げを増やす一方、店舗の失われた売り上げについても手を打つ必要がある。目的を達成するために店舗の売り上げを減らすのは言語道断。EC化率のアップを目的にすればそうした事態が起こってしまうというわけだ。

 事実、ナノ・ユニバースもEC化率を30%から40%に引き上げたときは「正直苦しんだ」(越智氏)という。ECを急成長させようとしたために、店舗のサービスがおざなりになった。「ECサービスは拡充させやすく強化しやすい。ただ、結局分かったのは、ECだけで顧客を囲い込んでも『強い顧客』にならないということだった」と越智氏は振り返る。直近の2年間は実店舗の売上高向上に成功してきたという。

見るべきはEC化率ではなくクロスユース率

 強い顧客とはどういうことか。「(EC関連で)全社のお金をかなり使わせてもらい、やれることは徹底的にやってきた」という越智氏がたどり着いたのはクロスユース率の大切さだった。クロスユースとは企業が展開する複数の施策を顧客が横断して利用することを指す。越智氏が言うクロスユースは、主に1人の顧客が店舗とECのいずれでも購入するケース。この「クロスユースする」顧客が増えれば増えるほど強い顧客になる。

 ECでしか購入しない顧客もその逆の顧客も当然存在する。一方、ECだけでなく実店舗でも購入してもらうと、その顧客による売り上げはECだけの場合よりも約3倍に伸びるという。「これは数字上明らか。理由を考えるよりそう思うしかない」(越智氏)。であるならば、その数字を伸ばすのは、企業の成長を考えれば至上命令ともいえる。同社の顧客に占めるクロスユースする顧客の割合をいかに上げるか、つまりクロスユース率を高める施策が重要になる。

 店舗で購入した顧客をいかにECに流すか。ECを利用した顧客にどうやって店舗まで出向いてもらうか。前者については「全国700人の従業員に全力で頑張ってもらった」(越智氏)。施策は単純かつ地味に見えるが、最も効果があり、アパレル企業の現存の資産を生かせる方法ともいえる。「とにかく購入してくれた顧客にアプリをダウンロードしてもらう」。そこに全力を注いだ。

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