「制震構造」に関するこれまでの2回の記事を踏まえ、建築史家の伏見唯氏にこの技術の今後を展望してもらう。技術にとって、「理論」と「実践」は不可分な存在だろう。実践を想定しない理論というものは考えにくい。とはいえ、理論を考えたら、何でもすぐに実践できるというわけではない。現実の様々な事情が理論の実践を遅らせる。小堀鐸二氏の制震構造を用いた建築も、25年以上の歳月を経てから建てられた。(全3回のうちの第3回)

 時々理論は、冬眠する。

 長い眠りに就いていた理論が、冬眠明けの動物が春に目覚めるように、時勢に応じ、実践されていくことがある。関連分野の技術が進展することにより、実現が可能になったり、コストや資源の問題が解決されることにより、プロジェクトが動き出したりすることもあるだろう。例えば、戦前に議論されていた柔構造が、戦後の超高層ビルの建設時に再び日の目を見たということもある。

法則を適用できる日を待ち望んだ

 小堀鐸二氏の制震構造の理論も、実践に至るまでに時を要した。1960年に発表された「制震系の解析(制震構造に関する研究1)」(注1)という論文において、「制震」という言葉と概念を発表するとともに、その制震の理想的な状態として、4つのポイントまで具体的に提示した。

 しかし、この段階ではその理論を適用した建築物の構想までには至っていない。「なぜもっと早くに取り組まなかったのか」ということに対して、小堀氏はまず「入力地震動は今後かなりの長年月を経ても特定できそうにない」からだと述べている。当時としては、地震動が不確定なままでは、法則の適用はできないとした。

 そして25年後。鹿島に1985年、小堀研究室ができてからは「(建物の)インテリジェント化する機能の維持についても大地震時に保証しなければ」という、今でいうBCP(事業継続計画)のような観点、さらに「周辺の先端技術が近年著しく進歩してきた」と、とりわけ80年代のIT技術の発展に注目した(注2)。

 世の中の需要が増し、関連する技術も熟しつつある。センサーやコンピューターで制御すれば、地震動にアクティブに対応する制震化が可能なのではないか――。時宜を得て、実践の道を歩み出したのだ。

 それは、制震の理論にとって、春の目覚めの時だった。

■注(出典)
注1:『日本建築学会論文報告集』第66号、1960年10月、日本建築学会
注2:小堀鐸二「制震構造について考える ―着想の背景とその狙い―」(『建築雑誌』1272号、1988年5月号、日本建築学会)

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