一世を風靡したIT機器を懐かしむ「平成の名機」。初回は、平成初期に日本に上陸し、一時代を築いたPDA「Palm Pilot」。

 PDAという言葉を初めて口にしたのは、1983年から1993年まで米アップル(Apple)のCEOを務めたジョン・スカリー氏である。同氏は、1992年にラスベガスで開かれた「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES) 1992」の壇上で「(我々は)これからコンピューターより身近で洗練されたマシンを造る。その新しい端末のことを私はPersonal Digital Assistant、略してPDAと呼ぶ」と宣言した。

 1992年はオリンピックイヤーで、冬季オリンピックと夏季オリンピックが同時に開催された最後の年である。東海道新幹線には「のぞみ」が登場。東京~新大阪間の所要時間が19分短縮され、2時間30分になった。MDプレーヤーが発売されたのもこの年だ。あれからもう27年になる。

 PDAに話を戻そう。スカリー氏の宣言以降、アップルや他のメーカーがPDAを開発した。大きさや形は違っていたが、共通していたのはスケジュールや住所録などの個人情報を管理する機能(アプリ)を備えていること。メーカーは、それまでビジネスパーソンが常に携帯していた「システム手帳」の置き換えニーズを狙ったのだ。

 これらのPDAの中で、世界的に多くのユーザーから愛されたのが、米パーム(Palm)が開発・販売した「Palm」シリーズだった。同社は1996年、シリーズ最初の製品である「Pilot 1000/5000」を発売した。翌1997年に発売した「Palm Pilot」は、初めて日本語パッケージが発売されたPalmシリーズである。

「Palm(手のひら)サイズ」というこだわり

 Palm Pilotには、Professional版とPersonal版がある。下の写真は、秋葉原モバイルプラザ店長の古川敏郎氏が所有しているProfessional版だ。両者の違いは、メモリーと内蔵ソフトなど。パッケージの色も違っていた。

Palm Pilot。秋葉原モバイルプラザ古川氏の協力を得て撮影。パッケージの色はProfessionalは青
(撮影:井上真花、以下同じ)
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純正のケースに入れるとこんな感じ。本体を傷付けたくないユーザーはケースに入れて持ち歩いていた
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