AI分野をリードしているのは米中の巨大IT企業だが、レースの勝敗はまだ決まっていない。注目すべき国内AIスタートアップがある。ニッポンAIは捨てたもんじゃない。

 Preferred Networks(PFN)は2019年2月現在、大手医薬品メーカーの中外製薬と2018年7月に締結した包括的パートナーシップ契約のもと、創薬の共同研究を進めている。中外製薬が手掛ける複数の創薬活動にPFNの深層学習技術を適用する。

 PFNは事業の柱の1つとして、創薬を含む化学物質探索に対する投資を増やしている。「求める性能を持つ化学物質を見つける技術は当たれば数百億円、数兆円の市場が見込める。その分野には重点的に投資している」とPFNの比戸将平執行役員研究開発担当VPは説明する。

 画像解析を得意とする深層学習と、創薬。一見すると関係なさそうな2つを結ぶ研究をPFNが始めるきっかけになったのが、2017年に開催されたIT創薬コンテストだった。コンピューターで新薬の候補を探索する同コンテストで、鈴木脩司リサーチャーをはじめとするPreferred Networks(PFN)の有志チーム「PFDrug」がグランプリを受賞。もともと創薬とはほとんど縁がなく、素人同然だった若手集団だ。

 このコンテストは、NPO法人の並列生物情報処理イニシアティブ (IPAB)が2014年から毎年開催しているものだ。PFNは深層学習(ディープラーニング)の最新手法を導入することで、薬のタネになる複数の化学物質を見いだす成果を上げた。

 PFN社員の行動指針の1つである「Learn or Die(死ぬ気で学べ)」とは、「AI(人工知能)技術者がロボット制御を学ぶ」といった専門の越境だけを指すわけではない。コア技術である深層学習を中心に学会や論文速報を広くチェックし、研究開発の最新動向を「死ぬ気で」学んでいる。この活動を通じて、AI技術が有効な分野をどの企業よりも早く探り当てて、事業に生かす。PFDrugの活躍は、そうした取り組みの一環だ。

 AI技術を死ぬ気で学ぶことで得た嗅覚が、国内唯一のユニコーンであるPFNの強さを支えている。それをバイオ分野の研究開発でも生かしているのだ。

AIの新手法に素早くキャッチアップ

 近年、深層学習を巡る基礎研究の最前線は大きく変わりつつある。ここ数年で目覚ましい成果を上げてきたのは画像解析だ。だが、この分野は精度の向上など改善のスピードが鈍り、技術のコモディティー化が進みつつある。一方で、映像や音声など画像以外のデータに深層学習を適用する試みは、伸びしろがまだ大きい。

 新たな適用先としてPFNが注目していた分野の1つが化学物質の探索だった。新材料の開発や創薬の分野で威力を発揮する可能性がある。

 化学物質の探索というテーマは、2012年ごろに深層学習が脚光を浴び始めた当初から注目を集めていた。当初の試みは化学物質の化学式を文字列で表現し、RNN(Recurrent Neural Network)に読み込ませるというものだった。RNNは文字列の解析に強いニューラルネットワークとして知られている。

 ただ1次元データである文字列による深層学習には弱点があった。原子同士の複雑なつながりを一意に表現することができない点だ。結果としてAIの精度が上がりにくくなる。

 2015年から2016年にかけ、深層学習の世界に1つのブレークスルーが起きた。要素の関係性を表現する「グラフ」と呼ばれるデータ構造を深層学習で扱えるようにする「Graph Convolutional Networks」という手法が現れたのだ。この手法を取り入れた研究の報告が、学会や論文速報を通じて相次ぎ公開された。

 こうした成果をウオッチしていたPFNの鈴木リサーチャーは「化学式も原子と原子が複雑につながる点で、グラフのデータ構造を持つ。化学物質探索のタスクと相性が良さそうだ」と考えた。もともと鈴木リサーチャーは情報科学を専門とする一方で医療に興味を持っており、学生の頃は情報科学に行くか、医学部に進むかで迷ったという。

PFNの鈴木脩司リサーチャー
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 PFNは社内で鈴木リサーチャーをはじめとする有志チームを立ち上げた。チームはGraph Convolutional Networksを含む複数の探索手法を開発し、2017年5月に第4回IT創薬コンテストに参加。同年12月にグランプリ(IPAB賞)を勝ち取った。

 グランプリの受賞に合わせ、PFNのチームはコンテストで培った研究開発の成果を整理した化学・生物学分野向け深層学習ライブラリー「Chainer Chemistry」を公開した。グラフのデータ構造を使った深層学習は創薬の他にも様々な領域で活用できる可能性がある。今後も応用先について検討を重ねる考えだ。

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