【前号のあらすじ】

レクサスブランドのフラッグシップである「LS」の、さらにフラッグシップとして位置付けられるクルマが高性能パワートレーンを搭載した「LS600h」と、そしてロング・ホイールベースとした「LS600hL」である。高性能パワートレーンとして5.0LのV型8気筒エンジンと高出力モータを組み合わせたハイブリッド・システムを搭載し、その大出力を4WDによって確実に路面へと伝える。4WDはさらに、走行安定性を高めると同時にエネルギ回生の効率も高めた。チーフエンジニアとして開発を任された定方理は、LSに求められる最高品質の静粛性を実現するために最後の仕上げに取り掛かった。

写真:早川俊昭

【登場人物】

吉田 守孝 1980年、トヨタ自動車入社。初代LSやSCなどのサスペンション、ステアリングの設計を担当。1993年から製品企画業務に携わり、クラウン、GS、LSの開発に従事。現在は商品開発本部レクサスセンター チーフエンジニアとしてLSの製品企画を統括する。

定方 理 1983年、トヨタ自動車入社。風切音発生メカニズムの研究開発、車両NV開発業務に携わり、1998年に異動した製品企画部門ではレクサス初のハイブリッド車「RX400h」のチーフエンジニアを務める。現在は商品開発本部レクサスセンター レクサスハイブリッド統括チーフエンジニア。

 深夜のトヨタ自動車構内を、1台のクルマが人の歩行速度と同じくらいゆっくりとした速さで進み出す。高性能パワートレーンとしてハイブリッド・システムを搭載した「レクサスLS600h」の試作車だ。その助手席に乗るのは定方理。レクサスLS全体のチーフエンジニア(CE)を務める吉田守孝から、レクサスブランドの最高峰に位置付けられるLSハイブリッドの開発を任されたその男は、2006年夏から予定されている量産試作を数カ月後に控え、最後の試練に挑んでいた。その試練とは、「音が聞こえないこと」が絶対条件とされる静粛性の実現である。

「何だ、この音は」

 闇の静寂の中で定方が耳にしたのは、ウー、ウーというあたかも幽霊のうめき声のような音。隣の運転席に座る技術者に言われなければ、聞き逃してしまいそうなかすかな音だった。

「実は、ジェネレータの音なんです」

「ジェネレータ?」

「ええ、ジェネレータの回転数は車速によらず負荷に応じて変動しますから、それでこんな音が出るんじゃないかと考えてます」

「あり得るな。それにしても、よく気が付いたなぁ、こんな小さな音に」

「一度気付くと、どうにも気になっちゃいまして」

 定方も同じだった。いったん聞き取れてしまった今となっては、妙に耳につく。しかし音圧レベルにすれば、おそらく10dBにも満たないほどの微妙なノイズ。果たして、このかすかな音がLSの静粛性を落とすことになるのか、定方には正直よく分からなかった。

「定方さん、どうします?」

「気にならないといえば気にならないし、気になるといえば気になるし。難しいなあ、これは。しかし仮にだ、対策するとして、何か妙案はあるのかなあ?」

「いえ、それがまだ…」

「そうだよな、確かに簡単な問題じゃなさそうだ。分かった、少し持ち帰って考えさせてくれないか」

「了解しました。ただ、定方さん、このままではLSとはいえないと思います」

「音が聞こえないこと、それこそがLSに求められる静粛性ってことか」

「はい」

 定方の耳には幽霊音に代わって、隣に座る技術者のきっぱりとした返事だけが残った。

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