【前号のあらすじ】

4.6LのV型8気筒エンジンと8速自動変速機の組み合わせによって、レクサスLSの走りは十分に満足いくレベルになると、チーフエンジニアの吉田守孝は確信した。そんな走りに加えてもう一つ、ぜひとも次期LSで実現したいもの、それが世界最高レベルの安全性の高さだった。衝突事故による被害を極力減らすのはもちろんだが、その前に、衝突事故そのものを減らせないのか―。衝突を避けるクルマの実現に向けての開発が始まった。

写真:栗原克己

【登場人物】

吉田 守孝 1980年、トヨタ自動車入社。初代LSやSCなどのサスペンション、ステアリングの設計を担当。1993年から製品企画業務に携わり、クラウン、GS、LSの開発に従事。現在は、商品開発本部レクサスセンターのチーフエンジニアとしてLSの製品企画を統括する。

藤田 浩一 1982年、トヨタ自動車入社。一貫して車両安全制御システムの企画、開発、設計に携わり、2003年からLSのプリクラッシュ・セーフティ・システムの開発に従事。現在は、車両技術本部第2電子技術部第24電子室室長と第1車両技術部車両安全室主査を兼務。

宇佐美 祐之 1984年,トヨタ自動車入社。画像センシング技術、カメラ応用システムの開発に携わり,2003年からはLSのプリクラッシュ・セーフティ・システム用のセンシングシステムの開発を担当。現在は、車両技術本部第2電子技術部第24電子室主幹。

藤波 宏明 1987年、トヨタ自動車入社。東富士研究所にてVSCなどの開発を担当。LSでは、プリクラッシュ・セーフティ・システムやクルーズコントロールの企画・開発に先行開発段階から携わる。現在は、車両技術本部統合システム開発部第3開発室グループ長。
藤田浩一
トヨタ自動車 車両技術本部第2電子技術部第24電子室室長 兼 第1車両技術部車両安全室主査(写真:栗原克己)

 危険を検知したらクルマが危険回避に積極的に介在する―。21世紀のクルマと安全性の在り方をこう描くトヨタ自動車の吉田守孝は、自らがチーフエンジニア(CE)を務める次期レクサスLSこそ、道を付けるのにふさわしいと考えていた。

 その安全システムのベースになるのが、1990年代後半から本格的に開発が始まった「プリクラッシュ・セーフティ・システム」と呼ばれる技術だ。このシステムは、2003年8月にマイナーチェンジする予定のセルシオ(現行のLS)へ搭載することを目標に開発が進められており、その半年前に発売される「ハリアー」にもその一部機能を載せることが決まっていた。次期LSでは、この技術をいかに進化させるかが鍵だと考えた吉田は、先行開発部隊を訪ねていた。

「プリクラッシュの開発は順調に進んでいるかな?」

「ええ、おかげさまで」

「そのシステムの概要をあらためて説明してほしいんだが…」

「はい。まず障害物は、車体の前方に設置したミリ波レーダによって検知します。この情報を基に、衝突の危険が高いと判断した場合、ドライバーのブレーキ操作に応じて制動力をアシストします。それでも衝突を避けられないと判断したら、シートベルトを巻き取って被害を軽減するんです」

「すると、自動的に動くのはシートベルトの巻き取り機構だけか。ブレーキに関しては、ドライバーが踏んで初めて作動するというわけだ」

「ええ、ハリアーではその予定です」

「このシステムだけど、ハリアーの3年半後、つまり2006年の夏から秋にかけてはどこまで進化させられるかなあ」

「そうですね、なんとか歩行者の検知をやりたいと思っています」

「ドライバーをはじめとする乗員の次は、歩行者の安全性か」

「はい。今の技術で歩行者を検知することは難しいんですが、いろいろと研究している中で何となく方向性が見えてきましたから」

「それは頼もしいね、期待してるよ。ほかにはどうかなあ。例えば、衝突を回避する仕組みとか…」

「それは、自動的にブレーキをかけて減速する機能のことですよね」

「そう、一つはその自動ブレーキ」

「自動ブレーキ自体は、ハリアーの半年後に発売されるセルシオに搭載できるよう、開発を進めています。衝突速度を下げるのは、被害軽減の有効な手段になりますから」

「そこなんだけど、衝突が避けられない状況になる前に自動ブレーキを作動させるわけにはいかないの」

「ええ、不要な作動やドライバーの意思に合わない作動の懸念があって大変難しいと思います。国土交通省のASV開発の中でも議論されていますが、ドライバーとの相互干渉や過度の依存をなくすために、自動ブレーキを作動させるのは、ブレーキ操作でもステアリング操作でも衝突を避けられない場合に限るべきだという意見もあります」

「つまり、衝突を回避できるわけではない」

「そうですね。高い性能の前方認識センサの実現やドライバーの状態が分かれば別ですが…」

「あと、ステアリング操作の自動化はどうかなあ」

「横方向への回避ですね。もちろん研究はしていますが、3年半後となると、ちょっと難しいかもしれませんね」

「どうして」

「ブレーキは進行方向上での減速なのでいわば1次元の制御ですが、ステアリング操作では左右方向の動きが加わることで2次元の制御が必要になります。それだけ、配慮すべき要因が多くなるんです」

「なるほど」

「それに、これは自動ブレーキにも共通するんですが、クルマの介在機能を搭載しすぎると、それにドライバーが頼ってしまい、ドライバー自身の注意力が低下して衝突回避の動作が遅れる恐れがあります。さまざまな機能を付けたことで、逆にドライバーの操作で本来避けられたはずの衝突が起きることになってしまったら、本末転倒ですから」

フロントウインドウ内側の上端に取り付けたステレオカメラ
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 吉田は担当者の説明を聞き、以前ノートに記した言葉を口にした。

「まさに、ドライバーとクルマの折り合いだな。ドライバーの役割を小さくすることなく、クルマの衝突回避性能を高めなければいけないわけだ」

 話を終えて、吉田の考えはまとまった。LSに搭載するプリクラッシュ・セーフティ・システムには現行の機能に加えて、歩行者検知機能と、ステアリングによる衝突回避支援機能を盛り込む、と。無論、吉田は、これがどれほど難しいことか、十二分に承知している。しかし、あえてそれに挑戦する道を選んだのは、21世紀のクルマの安全システムの礎を築くこと、それもLSに与えられた使命と考えたからだった。

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